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篠山市外エリア/滋賀県の写真
大津市 ▼ 近江八幡市 ▼
 大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)(真言宗醍醐派) ここをMapion地図で見る(別画面)
●岩間山の頂上近くにある西国霊場第12番札所。元正天皇(680-748年、女帝)の勅願で創建された。通称岩間寺。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●参道脇にある鐘楼。前方に聖観音菩薩像(左)とボケ封じ十楽観世音菩薩像が安置されている。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●山門はなく奉納された仁王像が立っている。往時は熊野、吉野に並ぶ日本三大霊場の一つだった。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●コンパクトな境内。樹齢450年のイチョウを囲むように伽藍が並ぶ。中央の小社は雷難、火難除けの稲妻龍王社。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●大師堂。宗祖弘法大師と開山泰澄大師が祀られている。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●手水舎。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●本堂。御本尊は千手観世音菩薩。奈良時代創建、現建物は安土桃山時代再建、江戸中期解体修理された。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●本堂の横にある芭蕉の池。芭蕉公真筆の句碑「古池や 蛙飛び込む 水の音」が立っている。奥は観音堂。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●1993(平成5)年に再建された不動堂。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●五社権現堂。岩間山の護法善神が祀られている。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●第三代夫婦桂。中から千手陀羅尼経が聞こえる木で三尊を刻んだと伝わる御本尊出現の霊木。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●護法龍王拝殿。岩間山に鎮座する護法善神を遥拝する拝殿。長寿のご利益を頂ける。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●境内に設けられた西国三十三所お砂踏み道場。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●八大龍王堂と江戸中期建立の宝篋印塔。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●宇治市名木百選のカツラ。推定樹齢500年で日本一らしい。幹回11.5m、樹高27.4m。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真


●白姫龍神。案内板によると女人を美女にするご利益が云々。後方に展望台があり南の山々が遠望できる。
大津市石山内畑町/岩間山正法寺(岩間寺)写真




 大津市石山寺/石光山石山寺(東寺真言宗大本山) ここをMapion地図で見る(別画面)
●西国霊場第13番札所。源頼朝寄進による鎌倉初期の東大門(重文)。左端は明治期増築した宿直屋。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●仁王像は鎌倉時代の仏師・運慶と長男湛慶の親子による作と伝えられる。片方だけ奉納された草鞋が下がっている。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●東大門から参道の眺め。新緑のトンネルにキリシマツツジが映える。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●参道沿いにある大黒天堂。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●参道沿いにある池とくぐり岩。境内には寺名の由来になった珪灰石の奇岩が露出し天然記念物に指定されている。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●池の上にある手水舎。不動明王が奥から睨みをきかせている。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●西国三十三ヶ所霊場のご本尊を祀っている観音堂。右の御神木は石山寺草創のころからの老杉。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●毘沙門堂。江戸中期建立されたもので珍しい木組み構造で造られている。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●御影堂(重文)。宗祖、開基、第三代座主の遺影が安置されている。手前は四国八十八ヶ所霊場の宝篋印塔。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●蓮如堂(重文)。江戸初期、向かいにある三十八所権現社本殿の拝殿として建立された。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●三十八所権現社本殿(重文)。安土桃山時代建立。神武天皇から天智天皇まで38代の歴代天皇を祀る石山寺の鎮守社。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●本堂(国宝)。奈良時代、聖武天皇の勅願にて良弁僧正が開山した。御本尊は如意輪観世音菩薩。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●本堂建物は正堂(平安後期再建)、合の間(同)、礼堂(桃山時代増築、正面は懸造り)からなる複合建築。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●本堂合の間にある源氏の間。紫式部が七日間籠って世界最古の長編小説源氏物語の着想を得たとの伝。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●岩盤上に立つ経蔵(重文)。安土桃山時代の建立で高床校倉造り。床下に安産の腰掛石がある。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●経蔵の横にある紫式部供養塔(三重宝篋印塔)と変わった形の芭蕉句碑。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●鐘楼(重文)。鎌倉初期建立。袴腰が白漆喰塗になった珍しい造り。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●多宝塔(国宝)。日本最古のもので金剛三昧院多宝塔、慈眼院多宝塔と並ぶ日本三名塔の一つ。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●多宝塔の前にある宝篋印塔二基。亀ケ谷禅尼供養塔(重文)と源頼朝供養塔。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●こちらにも宝篋印塔が二基ある。亀ケ谷禅尼供養塔、源頼朝供養塔。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●石造宝塔。めかくし石と呼ばれ目隠ししてこの石を完全に抱けば諸願成就との伝。太くて腕がとどかない。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●心経堂。花山法皇西国霊場復興千年記念行事として1990(平成2)年建立。八角輪蔵に心経写経が永久保存される。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●月見亭と芭蕉庵。琵琶湖や瀬田川の風景を眺めたり名月を楽しむための東屋。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●光堂。石山を発祥地とする東レ(株)の寄進により2009(平成21)年建造された舞台造りの建物。
大津市石山寺/石光山石山寺写真


●本堂の真下に飛鳥時代の石切り場跡が残っている(左)。右の補陀洛山へ入ると西国三十三観音が祀られている。
大津市石山寺/石光山石山寺写真




 大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)(天台寺門宗総本山) ここをMapion地図で見る(別画面)
●通称三井寺。仁王門(重文)は安土桃山時代に甲賀・常楽寺から移築された。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●仁王像。充血したような目に迫力がある。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●金堂嗽口水舎。竜の水口から金堂水(三井の霊泉)が流れている。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●食堂(重文)。室町初期に御所で建立されたとの伝承がある。釈迦如来が祀られていることから釈迦堂と呼ばれる。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●教待堂。円珍和尚入山まで当寺を護持していた教待和尚の御像が安置されている。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●熊野権現社。熊野権現を勧請したもので三井修験道の鎮守神として祀られている。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●金堂(国宝)。飛鳥時代、大友与多王が草創し平安初期に円珍和尚(開祖智証大師)が再興した。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●御本尊は弥勒菩薩。現在の建物は豊臣秀吉の正室北政所によって安土桃山時代に再建された。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●御供の水を汲む湧泉がある閼伽井屋(あかいや、重文)。天智、天武、持統の三天皇の産湯にも用いられた。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●鐘楼(三井の晩鐘、重文)。音色が優れているので日本三名鐘に数えられている。ひと撞き冥加料300円。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●霊鐘堂。弁慶の引摺り鐘や汁鍋が安置されている。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●弁慶鐘(重文)。鐘の傷痕や破目は比叡山延暦寺の弁慶が引摺ったり谷へ投げ落としたからとの伝。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●弁慶が残していった五右衛門風呂のような汁鍋。直径1.6m、鋳鉄製。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●一切経蔵(重文)。周防国・国清寺に室町初期建立された建物で安土桃山時代に現在地へ移築された。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●中央に設置された回転式の八角輪蔵(回転書架)。光を取り入れるため建物上部は鏡天井、四方は明層になっている。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●経函に版木の高麗版一切経が納められている。輪蔵を回転させると経典全巻読誦と同じ御利益が得られる。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●金堂(正面)がある中院と観音堂がある南院を結ぶ広い境内道。左側石垣の奥に唐院がある。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●唐院(智証大師御廟所)へ向かう参道。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●唐院三重塔(重文)。大和国・比曽寺の塔を伏見城を経て現在地へ移築されたもの。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●唐院潅頂堂(重文)。密教伝承の道場。後方にある唐院大師堂の拝殿としての役割ももつ。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●唐院長日護摩堂。長日護摩供を修する三間四方の道場。御本尊は不動明王。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●村雲橋。橋の下から村雲が湧き起こり中国の青竜寺へ飛んで行ったとの伝。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●園城寺五別所の一つ微妙寺。他に水観寺(山内移転)、近松寺(逢坂2丁目)、尾蔵寺(廃寺)、常在寺(廃寺)。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●微妙寺の横にある天台宗開祖の高祖天台智者大師像。天台大師1400年御遠忌に際して奉安された。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●毘沙門堂(重文)。江戸初期に尾蔵寺(園城寺五別所)に建立、1956(昭和31)年に観音堂北側へ移築、復原整備された。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●十八明神社。園城寺の守護神が祀られている。ねずみの宮とも呼ばれ因縁あって延暦寺の方向を向いている。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●この石段を上がると小高い広場となり西国霊場第14番の園城寺南院札所伽藍が立ち並んでいる。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●六角屋根の手水舎。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●鐘楼。江戸後期建立。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●観音堂。西国霊場第14番札所。御本尊は如意輪観世音菩薩。室町時代に長等山中から現在地へ移築、江戸初期再建。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●百体観音堂(左)。江戸中期建立されたもので西国・坂東・秩父の百観音が祀られている。観月舞台(右)。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●巨大な絵馬が外向きに並んでいる絵馬堂。高台にあるので見晴らしが良く大津の街並みや琵琶湖が見渡せる。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●水観寺(重文)。微妙寺と同様に寺内に移築された五別所の一つ。御本尊は薬師如来。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真


●護法社表門。この奥に鬼子母神を祀る護法善神堂がある。
大津市園城寺町/長等山園城寺(三井寺)写真




▲ 大津市 ▲ 近江八幡市 ▼ 甲賀市 ▼
 近江八幡市安土町石寺/繖山きぬがさやま観音正寺(天台宗) 地図(別画面)    Trail-20181126
●石寺参道(表参道/石段1200)中程の山上駐車場に立つ寺標。境内まで石段450。他に川並参道(裏参道)がある。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●境内入口に立つ鐘楼。四隅の柱に脇柱が2本ずつあるというやや変わった建て方になっている。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●山門はないが大きな仁王像が門固めをしている。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●池に囲まれた弁財天社。奥の建物は庫裏か。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●書院。ここの軒先に喫煙コーナーがあるので驚く。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●観音水と記された手水舎。三本柱に石柱の組み合わせが面白い。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●供養堂(礼堂)。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●大きな樽を祠にした北向地蔵。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●北向地蔵と対面する位置に濡仏が安置されている。定印を結び瞑想する釈迦如来坐像。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●護摩堂。表札に繖峯修験根本道場と記されている。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●太子堂(開山堂)。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●本堂横のダイナミックな石積み。手前は縁結地蔵、奥に魚濫観音を祀った水かけ観音がある。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●観音正寺は聖徳太子により開創されたが琵琶湖の人魚の願いであったとの伝。西国霊場第32番札所。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●御本尊は千手千眼観世音菩薩。本堂は1993年に全焼、2004年に御本尊とともに再建された。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真


●本堂から境内の眺め。「天空の寺院」と謳うだけあって琵琶湖方面の見晴らしが良い。
近江八幡市安土町石寺/繖山観音正寺写真




 近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20181126
●織田信長は天下統一に向けて安土城を築いた。天正4年(1576年)着工、天正7年天守完成し信長入城。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●大手口の辺り。天正10年本能寺の変後に天守や本丸が焼失、天正12年織田政権が終焉し天正13年廃城となった。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●大手道と両サイドの家臣屋敷跡。城内は部分的に発掘調査と石垣改修されているが全て完了するにはまだ百年要す。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●大手道から大手門方向の眺め。昭和に干拓されるまで安土山は琵琶湖の内湖に三方を囲まれていた。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●主郭の出入口(虎口)にあたる黒金門跡。防御性を高めた枡形虎口と呼ばれる構造になっている。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●二の丸跡。織田信長の菩提を弔うため羽柴秀吉が天正11年に建立した霊廟があり太刀等の遺品が埋葬されている。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●ポツポツと建物礎石が並ぶ本丸跡。天皇を迎えるための本丸御殿があったと推測される。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●本丸から天守石垣の眺め。多層の本格的な天守閣を設けたのは安土城が起源とされる。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●天守台跡。信長は天守閣(天主、地下1階地上6階)で生活していたと見られている。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●信長は築城と合わせて城内にハ見寺を建てた。このハ見寺三重塔(室町中期、重文)は近江国甲賀郡長寿寺から移築。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●こちらのハ見寺仁王門(室町後期、重文)は近江国甲賀郡柏木神社より移築されたもの。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●金剛力士像(室町中期、重文)。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真


●三重塔と仁王門は天守炎上の類焼を免れた。
近江八幡市安土町下豊浦/安土城跡写真




 近江八幡市長命寺町/姨綺耶山いきやさん長命寺(天台宗) 地図(別画面)  Trail-20181126
●是よりくわんおん六丁。長命寺山麓の参道入口から山頂近くの寺まで808段の石段が続く。左日吉神社、右穀屋寺。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●寺まであと100段という辺りに駐車場がある。自動車で来る人に向かって亀に背負われた寺標が立っている。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●山門はなく冠木門を潜る。左の建物は書院。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●手水舎。奉納額であろうか御詠歌を記した扁額が架かっている。ここから50段程上がると本堂になる。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●本堂(室町後期、重文)。開山・武内宿彌が柳の木に記した「寿命長遠諸願成就」の縁で聖徳太子が創建した。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●御本尊は千手観音、十一面観音、聖観音の三体。千手十一面聖観世音菩薩三尊一体と称される。西国霊場第31番札所。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●本堂右横にある閼伽井堂(念仏井堂)。井戸の上に千手観音が安置されている。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●三重塔(安土桃山時代、重文)。本堂奥の一段高い場所に立っている。右下は納札堂。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●護摩堂(江戸初期、重文)。三重塔の並びにあり塔と同じ総丹塗になっている。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●三仏堂。釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来の三仏が祀られている。佐々木定綱(近江守護)が父秀義供養のために建立。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●護法権現社拝殿。後方の林にある巨岩は修多羅岩と呼ばれ開山・武内宿彌のご神体とされる。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●拝殿の奥にある開山・武内宿彌を祀る護法権現社(開山堂)。右は天神祠。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●開山堂の向かいにある宝蔵。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●境内の奥にある太郎坊大権現石鳥居。鳥居を潜って直進すると太郎坊権現社、右へ石段を上がると鐘楼。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●鐘楼(江戸初期、重文)。西面は縦柱が一本多いとの解説がある。手前は勝運将軍地蔵尊等が祀られた如法行堂。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●境内の西端にある太郎坊権現社拝殿。琵琶湖方面の眺望良好。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●長命寺総鎮守の太郎坊権現社。普門坊という僧は仏法護持のため魔王の形を現すので太郎坊権現を勧請して云々。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真


●太郎坊大権現石鳥居の辺りから境内の眺め。威圧感のない本堂が穏やかな雰囲気を醸し出している。
近江八幡市長命寺町/姨綺耶山長命寺写真




▲ 近江八幡市 ▲ 甲賀市 ▼ 長浜市 ▼
 甲賀市土山町山中/鈴鹿峠旧街道 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20181126
●国道1号線が通る鈴鹿トンネル(大阪方面行き下り線の南坑口)。右上の細道を行くと鈴鹿峠に至る。 地図(別画面)
甲賀市土山町山中/鈴鹿峠写真


●峠の滋賀県側にある灯籠。竿に金毘羅大権現、基礎に万人講と刻まれている。37t、h5.44mとの事。地図(別画面)
甲賀市土山町山中/鈴鹿峠写真


●旧街道は東海自然歩道の一部になっていて案内板や石標が色々と立っている。
甲賀市土山町山中/鈴鹿峠写真


●県境付近。三重県側坂下宿(手前)と滋賀県側土山宿(奥)の中程にあり往時は茶屋が並んでいた。近くに田村神社跡。
甲賀市土山町山中/鈴鹿峠写真


●峠から150mの所にある鏡岩。岩の表面が透明感のある青黒色になっているので驚いた。地図(別画面)
甲賀市土山町山中/鈴鹿峠写真


●三重県側へ下った所にある片山神社。難所であり盗賊もいるので旅人の守護神として崇敬された。地図(別画面)
甲賀市土山町山中/鈴鹿峠写真




▲ 甲賀市 ▲ 長浜市 ▼ 彦根市 ▼
 長浜市公園町/長浜城跡 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20181126
●豊公園に長浜城模擬天守がある。1573年(天正元年)、木下藤吉郎は羽柴秀吉と名乗りこの地に築城して拠点とした。
長浜市公園町/長浜城跡写真


●長浜城模擬天守は長浜城歴史博物館として使われている。鉄筋コンクリート造、1982年(昭和57年)竣工。
長浜市公園町/長浜城跡写真


●天守閣跡にある豊臣秀吉公像。1615年(元和元年)、長浜城は廃城・解体され資材は彦根城築城に流用された。
長浜市公園町/長浜城跡写真


●豊臣秀吉公像の裏手にある国守神社。
長浜市公園町/長浜城跡写真


●国守神社の小社。国主・秀吉を祀るものであろうか、それとも築城の際に人柱となったおかねさんか。
長浜市公園町/長浜城跡写真


●天守閣跡近くの水際にある太閤井戸跡。石碑の周りにそれらしき石が並んでいる。
長浜市公園町/長浜城跡写真




 長浜市早崎町/巌金山がんこんさん宝厳寺(真言宗豊山派) ここをMapion地図で見る(別画面) Trail-20181126
●長浜港から連絡船で30分の距離にある竹生島。琵琶湖に浮かぶ周囲2kmの無人島に宝厳寺と都久夫須麻神社がある。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●宝厳寺全景。左端の船着き場から上陸し最上段の本堂(樹木に隠れて見えない)まで165段の石段が付いている。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●石段の途中にある第二鳥居。扁額は巌金山、寺標は竹生島宝厳寺となっている。奥の建物は月定院。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●第二鳥居を潜った所にある第一の手水舎。石段を上ると本堂、手前側へ進むと観音堂がある。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●第二鳥居を過ぎると石段が半端なく急になる。奥は鐘楼と巳月館。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●鐘楼の向かいにある護摩堂。左の建物は月定院(庫裏)。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●石段を上ると本堂前庭となり第二の手水舎がある。奥側の柱は岩に載っている。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●手水舎の横にある石造五重塔(鎌倉時代、重文)。下部四面に仏坐像が彫られているが風化が進んでいる。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●宝厳寺本堂(弁才天堂)。元々は麓寄りにある都久夫須麻神社だけだったが明治の神仏分離により現在の形になった。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●本堂外陣。御本尊は大弁才天。建物は1942年(昭和17年)建立されたもので新しい。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●本堂前の不動明王像と竹生島流棒術発祥の地碑。右の階段を上がると三重塔がある。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●三重塔。室町中期創建、江戸初期焼失したが2000年(平成12年)に再建された。手前は宝物殿。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●観音奉安殿。西国札所の各本尊像が奉安されている。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●改修中の観音堂(重文)。京都東山の豊国廟から移築された安土桃山時代の建物。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●養生されて見ることが出来ない観音堂入口の唐門(国宝)。御本尊は千手千眼観世音菩薩。西国霊場第30番札所。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●観音堂と都久夫須麻神社を結ぶ舟廊下(桃山時代、重文)。御座船の骨組みを利用しているとのこと。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●5世紀頃に創建された都久夫須麻神社(桃山時代、国宝)。奈良時代に宝厳寺が開創され明治まで神仏習合が続いた。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真


●神社境内にある白巳大神。屋根が唐門風になっている。右奥は色塗りされた弁才天像が安置されている。
長浜市早崎町/巌金山宝厳寺写真




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 彦根市金亀町/彦根城 ここをMapion地図で見る(別画面)
●城の北側にある大名庭園(玄宮園・楽々園)から天守の眺め。彦根山を削って造られた平山城のため坂が多い。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●内堀に架かる表門橋。彦根城は彦根藩18万石・井伊直継が1607年(慶長12年)に築城した。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●表門山道(手前)と大手山道(奥)がぶつかる大堀切。左側の鐘の丸に上がって廊下橋を渡り右側の天秤櫓に入る。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●本丸から天守閣の眺め。明治の城郭取壊令を免れたもので国宝指定5城の一つ。右手に多聞櫓が続いている。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●奥に長くした牛蒡積みと呼ばれる技法で野面積みにされた天守石垣。琵琶湖東部に多い湖東流紋岩が使われている。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●天守閣の内部。大津城天守を移築したものらしいが曲がった梁でも巧みに組み合わせている。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●天守台から北方向の眺め。彦根市街の向こうに琵琶湖が広がっている。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●太鼓丸にある時報鐘。現在も1日5回撞き鳴らされていて「日本の音風景百選」に選ばれている。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●西の丸にある三重櫓(補修工事中)と続櫓。石垣の直下は大堀切になっている。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●名城模型が展示されている続櫓の内部。天守と比較して柱の組み方がスッキリした構造に見える。
彦根市金亀町/彦根城跡写真


●黒門櫓跡。昔は木の橋が架かっていたが今は埋めて土橋になっている。
彦根市金亀町/彦根城跡写真




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 米原市小田/小田分水工やないだ ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20181126
●一級河川・姉川にある姉川合同頭首工(旧名:出雲井)から取水した農業用水がこの水路へ流れてくる。後方は伊吹山。
米原市小田/小田分水工写真


●水路の水は扇型に広がった小田分水工へ流れ込み、ある比率で分配されて三つの水路へ流れ行く。
米原市小田/小田分水工写真


●左端の分水は道路の下を潜って井之口円形分水工へ向かう。右端の分水は下流にある五川分水工で五分配される。
米原市小田/小田分水工写真


●井之口円形分水工。上流の小田分水工との水位差を利用した逆サイフォンで中央部から水が湧き出す。  地図(別画面)
米原市小田/小田分水工写真


●円形部分から溢れた水はある比率で二分配するような構造になっている。いずれの分水工も昭和28年に造られた。
米原市小田/小田分水工写真




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