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篠山市外エリア/大阪府の写真
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 和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺(槇尾寺)(天台宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●山門前に西国第四番観音霊場と刻まれた山号柱と迎え観音がある。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●金剛力士像。囲いの柵に願掛けのわらじ守が掛けてある。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●山門から先は自然石が積まれた石段道となり、登山するような雰囲気になる。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●参道が急峻なため西国霊場の中でも難関札所の一つに数えられている。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●参道の途中にある愛染堂。弘法大師が剃髪し得度したという弘法大師御剃髪所跡でもある。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●本堂手前の階段下にある弘法大師御髪堂。弘法大師の剃髪した髪が納められている。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●槙尾山中腹にある境内。欽明天皇の時代に行満上人によって開山され最盛期は八百坊もの大寺だった。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●本堂。江戸末期の山火事で山門以外を焼失したが安政年間に復興された。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●中央に本尊の弥勒菩薩、両脇に十一面千手千眼観世音菩薩(札所本尊)と文殊菩薩が安置されている。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●境内の高台に観音馬が奉納されている。花山法皇は馬のいななき(駒ぞ勇める)を頼りに施福寺へ到着できたとの伝。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真


●駐車場向かいの槙尾山観光センター(土産物店)。奥に見える鳥居は満願滝弁財天。近くに満願寺不動尊もある。
和泉市槇尾山町/槇尾山施福寺写真




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 茨木市大門寺/安威川ダム ここをMapion地図で見る(別画面)
●2021年完成を目指して2014年から工事が進んでいる。写真のダム軸を中心にロックフィルダムが出来る。
茨木市大門寺/安威川ダム写真


●安威川上流の生保地区が水没しダム湖になる。米粒のように見えるが巨大な重機が動き回っている。
茨木市大門寺/安威川ダム写真


●下流側。1967年の北摂豪雨が安威川下流域に大被害をもたらした事が契機になってダム建設が推進された。
茨木市大門寺/安威川ダム写真




 茨木市総持寺/補陀洛山総持寺(高野山真言宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●住宅街の高台にある西国三十三観音霊場第22番札所。平安時代(元慶3年・879年)、亀に助けられた藤原山蔭が創建。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●兵火で焼失したが江戸初期に再建された山門。扁額に補陀洛山と記されている。茨木市指定文化財。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●山門よりやや古く、南北朝時代作とされる金剛力士像。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●本堂。御本尊は亀の背に乗る千手観世音菩薩。廻縁と左側の階段が特徴的。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●本堂の雨水受けは大正時代に奉納されたもので縁起の亀が底を支えている。奥は薬師如来を祀る金堂(薬師堂)。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●茨木市指定文化財の鐘楼。山門や各堂宇と同様、左本の注連縄が張られている。井桁に組まれた礎石も珍しい。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●包丁を供養する包丁塚。開山・藤原山蔭は庖丁道の祖とされ千日料理の伝承がある。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●弘法大師が祀られている大師堂。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●校倉造りの宝蔵(御朱印蔵)。江戸初期に建てられたもので茨木市文化財に指定されている。左横は如来荒神堂。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●普悲観音堂。ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第6番。西国三十三所と四国八十八所の御本尊像がずらりと並んでいる。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真


●鎮守社。大黒天、弁財天、青面金剛が祀られている。
茨木市総持寺/補陀洛山総持寺写真




▲ 茨木市 ▲ 豊能郡 ▼ 藤井寺市 ▼
 豊能郡能勢町長谷/才ノ神峠 ここをMapion地図で見る(別画面)
●林道6本と山道数本が交差する峠の頂上。江戸期に立てられた石塔4つと地蔵尊が1つあり交通の要衝だった。
豊能郡能勢町長谷/才ノ神峠写真


●峠の北側。左の2本は地元の道(在所道)、3本目は京亀山へ、4本目は三草山登山口。
豊能郡能勢町長谷/才ノ神峠写真


●峠の南側。左は池田へ、中央左は谷を下って多田銀山・有馬(温泉)へ、中央右と右端の2本は山道。
豊能郡能勢町長谷/才ノ神峠写真


●峠南側右端の山道に文化13年(1816年)と彫られた庚申塔が立っている。塞ノ神を祀ったもので地名に結び付く。
豊能郡能勢町長谷/才ノ神峠写真


●題目塔道標。正面「南無妙法蓮華経」、左面「左は池田道/谷は有馬道/右二筋は山道」、右面「左は在所道/右は亀山道」。
豊能郡能勢町長谷/才ノ神峠写真


●江戸初期(寛文11年・1671年)に立てられた道標。「左は池田道/谷は銀山有馬/右二筋は山道」。能勢町指定有形文化財。
豊能郡能勢町長谷/才ノ神峠写真


●江戸末期(安政2年・1855年)の道標。「左在所道/右京亀山」。右へ下ると長谷の棚田に至る。
豊能郡能勢町長谷/才ノ神峠写真




 豊能郡能勢町長谷/長谷の棚田 ここをMapion地図で見る(別画面)
●三草山の麓に広がる約200枚の棚田。日本の棚田百選の一つ。
豊能郡能勢町長谷/長谷の棚田写真


●ガマと呼ばれる石組みが300ヶ所もあり水田の下を水路が巡っている。右上は古代の美奴売山だとされる三草山。
豊能郡能勢町長谷/長谷の棚田写真


●下からの眺め。棚田があるとは気付きにくいが景色としては美しい。
豊能郡能勢町長谷/長谷の棚田写真




 豊能郡能勢町山田/浮峠 ここをMapion地図で見る(別画面)
●池田市と篠山市福住を結ぶルートを往時は丹州街道(丹波街道)と呼んだ。浮峠は丹州街道の難関とされていた。
豊能郡能勢町山田/浮峠写真


●峠を山辺側へ越えた所に祠があり石仏が祀られている。現在は切り通しだが往時の道筋の位置ではなかろうか。
豊能郡能勢町山田/浮峠写真




 豊能郡能勢町野間/野間の大ケヤキ ここをMapion地図で見る(別画面)
●国道477号線東郷バイパス沿いにある国指定天然記念物。樹齢千年以上、樹高30m、幹周り14m。全国4位の太さ。
豊能郡能勢町野間/野間の大ケヤキ写真


●直径40m程もある枝振りに圧倒される。治療で樹勢が回復しつつあるとのことで樹皮の色つやが良い。
豊能郡能勢町野間/野間の大ケヤキ写真


●左奥に見える蟻無神社の御神木だったらしい。能勢町は気合が入っていて近くに「けやき資料館」を設けている。
豊能郡能勢町野間/野間の大ケヤキ写真




 豊能郡能勢町野間中/野間峠 ここをMapion地図で見る(別画面)
●大阪府道4号茨木能勢線が通る峠道。峠頂上に竣工1937年、全長72mの野間トンネル(野間隧道)がある。
豊能郡能勢町野間中/野間峠写真


●野間トンネルの西側300mにある「史跡しおき場」。処刑場だったそうで供養の石塔が立っている。 地図(別画面)
豊能郡能勢町野間中/野間峠写真


●石塔の向かいにある大きな石に模様と文字が刻まれている。この場所に長居は出来ない。
豊能郡能勢町野間中/野間峠写真




 豊能郡能勢町山辺/はらがたわ峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20170414
●能勢町天王側の取り付き。国道173号線・能勢街道から右手に峠へ向かう分かれ道がある。
豊能郡能勢町山辺/はらがたわ峠写真


●はらがたわ峠頂部。2013年の台風18号で土砂崩れしたが復旧されている。
豊能郡能勢町山辺/はらがたわ峠写真


●峠道の南側はつづら折れになっている。この峠道は1990年まで国道173号線だったらしい。
豊能郡能勢町山辺/はらがたわ峠写真


●能勢町山辺側の取り付き。旧国道173号線に立って直進300mではらがたわトンネルへ、左で峠へ。 地図(別画面)
豊能郡能勢町山辺/はらがたわ峠写真




▲ 豊能郡 ▲ 藤井寺市 ▼ 箕面市 ▼
 藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺(真言宗御室派) ここをMapion地図で見る(別画面)
●色褪せた感のある南大門。江戸期(寛政12年・1800年)建立。右手に西国五番観音霊場の山号柱が立っている。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真


●金剛力士像。阿形像、吽形像とも憤怒の表情ではあるがコラッ的な穏やかさがある。左手は金剛杵が失われたのかも。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真


●参道中央にある紫雲石灯籠。元は葛井氏の氏寺だったが千手観音開眼法要をした神亀2年(725年)を創始としている。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真


●本堂(重要文化財)。本尊は現存最古の十一面千手千眼観世音菩薩(1,042本手、国宝)。毎月18日の観音会で開帳される。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真


●参道横の阿弥陀二十五菩薩堂。阿弥陀如来像と聖衆来迎二十五菩薩像が祀られている。手前は出世地蔵。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真


●弘法大師堂。手前左に楠木正成が戦勝祈願で菊水の旗を掛けたとされる三鈷の松(旗掛の松)がある。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真


●護摩堂。不動明王、千手観音、役行者が祀られている。葛井寺は葛城山入峯の最初の行場でもあった。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真


●手水舎。弘法大師手掘り井戸とも呼ばれ眼病に効く水とされる。後方に藤棚があり藤の名所になっている。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真


●豪華な造りの鐘楼(釣鐘堂)。毎年8月9日は「千日まいり」があり4万6千日参ったのと同じご利益があるとされる。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真


●四脚門と呼ばれる西門(重要文化財)。慶長6年(1601年)に南門として造られたが現在地へ移築された。
藤井寺市藤井寺/紫雲山葛井寺写真




▲ 藤井寺市 ▲ 箕面市 ▼ page end ▼
 箕面市箕面/箕面川ダム ここをMapion地図で見る(別画面)
●箕面川の治水を目的として1983年竣工。堤高47m、堤長222mのロックフィルダム。
箕面市箕面/箕面川ダム写真


●天端からダム湖(ゆうゆうレイク)の眺め。正面の山から採取したロックを積み上げて堤体が造られた。
箕面市箕面/箕面川ダム写真


●天端道路。高いフェンスと植栽のため天端からの眺めは限定的。藤棚のある休憩スポットが天端両サイドにある。
箕面市箕面/箕面川ダム写真


●箕面川治水ダムと刻まれた竣工記念碑。箕面川の涸れ川化を防ぎ生態系を保護するという目的(不特定用水)もある。
箕面市箕面/箕面川ダム写真


●大阪府道4号茨木能勢線の箕面隧道を出た所にダム管理棟が建っている。
箕面市箕面/箕面川ダム写真


●下流側堤体の眺め。この下に政の茶屋園地や駐車場、箕面ビジターセンターがある。
箕面市箕面/箕面川ダム写真




 箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺(高野山真言宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●西国三十三観音霊場第23番。大阪府道4号茨木能勢線沿いの山中にある。入口の建物はお休み処・花の茶屋。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●慶長8年(1603年)、豊臣秀頼によって再建された山門。潜ると鯉が泳ぐ弁天池があり石橋を渡って奥へ進む。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●山門裏側の扁額は勝王寺となっている。最初に賜った寺号だが王に勝つのはどうかということで勝尾寺に改められた。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●山門の金剛力士像。勝尾寺は奈良時代(神亀4年・727年)に創建され平安時代以降、山岳信仰の拠点として栄えた。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●本堂。御本尊は十一面千手観世音菩薩。山門と同時期に再建された。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●本堂の向かいの鐘楼。右横はダルマ(両目白)やお守りの売店。ダルマはこぶし大で3500円、一番大きいので30万円。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●本堂の左横にある大師堂。真言宗開祖・弘法大師が祀られている。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●大師堂の周りに四国八十八ヶ所霊場の砂踏み場がある。砂を踏む事で各霊場を参拝したのと同じ御利益が頂ける。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●一願不動尊。奥に見えるのは多宝塔。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●勝ちダルマ奉納棚。願い事が叶ったということで両目を入れて奉納されている。30万円のダルマも並んでいる。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●厄ばらい三宝荒神社。日本最初の荒神社で霊験は数知れないらしい。奥に薬師堂、経堂、鎮守堂、開山堂。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●境内の一番上(奥)にある二階堂。浄土宗開祖・法然上人が修行した堂宇。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


●剛界大日如来が祀られている多宝塔。軒下四面に三つずつ十二支の彫刻が置かれている。
箕面市粟生間谷/応頂山勝尾寺写真


▲ 箕面市 ▲ page end

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