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篠山市外エリア/京都府の写真
綾部市 ▼ 宇治市 ▼
 綾部市五泉町/菅坂峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180818
●京都府道51号舞鶴和知線の旧道。現道はこの下にある菅坂トンネルを通っている。
綾部市五泉町/菅坂峠写真


●トンネルが出来たので廃道となっているが状態は良い。
綾部市五泉町/菅坂峠写真


●菅坂南トンネル南坑口(2006年竣工)。旧道出合い。
綾部市五泉町/菅坂峠写真


●1999年竣工の菅坂北トンネル。旧道を通ると北坑口前に出てくる。
綾部市五泉町/菅坂峠写真




 綾部市八津合町西屋/八幡宮 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180818
●府道に面して立つ一の鳥居。両部鳥居の迫力ある造形に木肌剥き出しの質感が相まった重厚な美しさ。
綾部市八津合町/八幡宮写真


●参道脇に立つ寄進標柱。お金だけでなく田地、畑、山林、米の現物寄進も記されている。
綾部市八津合町/八幡宮写真


●手水舎。
綾部市八津合町/八幡宮写真


●二の鳥居。ここから一段高くなっているので道路から見通しが良い。
綾部市八津合町/八幡宮写真


●前庭の大きな奉納殿。
綾部市八津合町/八幡宮写真


●三の石鳥居に拝殿、本殿と続く。10月第3日曜日に秋祭りが開催される。
綾部市八津合町/八幡宮写真




 綾部市西坂町/枯木峠からき峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180805
●京都府道9号綾部大江宮津線が通る峠道。峠の東側にある枯木岼という小字地名が名前の由来だろう。
綾部市西坂町/枯木峠写真


●枯木延命地蔵尊。由緒によると峠道は往時の京街道(宮津〜福知山、宮津街道とも)として往来が激しかった云々。
綾部市西坂町/枯木峠写真


●峠の西側に国境石が立っている。従是東丹波国何鹿郡、従是北丹後国加佐郡。
綾部市西坂町/枯木峠写真




 綾部市井根町寺ノ段/中照山日円寺(高野山真言宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●奈良時代(天平19年・747年)、修験道の行場として行基菩薩により開創された。左の建物は庫裏。
綾部市井根町寺ノ段/中照山日円寺写真


●ご本尊は十一面観世音菩薩。丹波国西国三十三観音霊場第30番。綾部西国観音霊場第29番でもある。
綾部市井根町寺ノ段/中照山日円寺写真


●本堂前の放生池に弁財天社が祀られている。地域イラストマップでは紅葉。
綾部市井根町寺ノ段/中照山日円寺写真




 綾部市睦合町大門段/悲喜慈山善福寺(高野山真言宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●府道1号線から参道の眺め。正面に見える崖のような参道階段の上に観音堂がある。
綾部市睦合町大門段/悲喜慈山善福寺写真


●ご本尊は十一面観世音菩薩。丹波国西国三十三観音霊場第29番。綾部西国観音霊場第30番でもある。
綾部市睦合町大門段/悲喜慈山善福寺写真


●前縁に安置された賓頭盧さん。朱が一部残っているが撫でにくい程ザラザラになっている。
綾部市睦合町大門段/悲喜慈山善福寺写真


●高台にあるため展望がきく。若狭街道や上林川、平地の向こうのポッコリした古城山(上林城跡)の眺め良し。
綾部市睦合町大門段/悲喜慈山善福寺写真




 綾部市上杉町/集宝山施福寺(高野山真言宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波国西国三十三観音霊場第31番。綾部西国観音霊場第28番。参道脇の木は綾部の名木指定・コウヤマキ。
綾部市上杉町/集宝山施福寺写真


●奈良時代、行基により開山された。御本尊は千手千眼観世音菩薩。往時は蜂ヶ峰中腹に12ヶ寺があった。
綾部市上杉町/集宝山施福寺写真


●本堂は何度か災害に遭ったが都度再建され江戸期のものが現存している。奥は明治になって建てられた庫裏。
綾部市上杉町/集宝山施福寺写真


●境内にある鎮守社らしき祠。
綾部市上杉町/集宝山施福寺写真


●やや離れた場所にある仁王門跡の標柱。江戸期に建てられたが大洪水(土砂崩れ)にて失われたままとなっている。
綾部市上杉町/集宝山施福寺写真




 綾部市向田町/滝本山長福寺(曹洞宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波国西国三十三観音霊場第32番。綾部西国三十三観音霊場第23番。中央は本堂、右は舞堂。
綾部市向田町/滝本山長福寺写真


●左の絵馬堂には文殊菩薩、善光寺如来、庚申尊が祀られている。8月17日に「向田観音大祭」が催行される。
綾部市向田町/滝本山長福寺写真


●八つ棟唐破風造の観音堂。明智光秀が家来に与えた聖観世音菩薩像が安置されている。眼病に霊験あるとの伝。
綾部市向田町/滝本山長福寺写真


●西国三十三観音堂。綾部西国三十三観音霊場巡りではこちらにお参りするらしい。
綾部市向田町/滝本山長福寺写真




 綾部市上八田町高柳/高柳山慈眼寺(臨済宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波国西国三十三観音霊場第32番。綾部西国三十三観音霊場第24番。府道485号線に面した高台にある。
綾部市上八田町高柳/高柳山慈眼寺写真


●鉄骨アーチを潜って石門柱を通るとシンプルな境内がある。
綾部市上八田町高柳/高柳山慈眼寺写真


●戦国時代(永正6年・1509年)に安国寺の末寺院として創建された。御本尊は聖観世音菩薩。
綾部市上八田町高柳/高柳山慈眼寺写真


●観音堂。扁額の右に国三十二番、左に郡二十五番、中央に御詠歌が彫られている。何鹿郡観音札所第25番でもある。
綾部市上八田町高柳/高柳山慈眼寺写真




 綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺(臨済宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波国西国三十三観音霊場第33番。綾部西国三十三観音霊場第26番。室町幕府初代将軍・足利尊氏ゆかりの寺院。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真


●惣門の掛札がある山門。1843年再建されたもので円柱のがっちりした造り。奥に枝垂桜と仏殿が見える。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真


●透かし彫り物の欄間に足利二つ引の家紋があしらわれ、扁額には五鳳楼と刻まれている。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真


●山門を潜ると広い境内。11月第3土曜日に「安国寺もみじ祭り」が催行される。右の茅葺きは庫裏。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真


●平安時代(正暦4年・993年)、地蔵菩薩を本尊として光福寺が創建された。左の方丈で千手観音が祀られている。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真


●南北朝時代、日本各地に安国寺利生塔が建立され丹波国は光福寺が安国寺になった。右端に安産祈願の子安地蔵。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真


●鐘楼。山門と同時期に建てられた。手前の腰貫1本が低く設置されている。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真


●境内を挟んで庫裏の向かい側にある山道門と開山堂(正賓庵)。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真


●開山堂の横にある宝篋印塔。足利家の遺骨が分骨されたとされる(左から母清子、尊氏、妻登子)。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真


●嘉元3年・1305年、母清子が光福寺門前の別邸で尊氏を出産。その際ここの井戸水を産湯に使ったとの伝。
綾部市安国寺町寺ノ段/景徳山安国寺写真




 綾部市寺町堂ノ前/那智山正暦寺(高野山真言宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波国西国三十三観音霊場第2番。綾部西国三十三観音霊場第1番。JR山陰本線・正暦寺踏切を渡った所に山号柱。
綾部市寺町堂ノ前/那智山正暦寺写真


●鐘門。高台にあるので眺め良く由良川から良い風が通る。新綾部大橋が見えている。
綾部市寺町堂ノ前/那智山正暦寺写真


●方形造りの本堂。平安時代(天慶5年・942年)、空也上人が開創。雨乞い祈願に功があって年号使用を勅許された。
綾部市寺町堂ノ前/那智山正暦寺写真


●不動堂と左に近畿楽寿観音霊場三十三所第21番の楽寿観音菩薩像。1月に不動明王大祭がある。
綾部市寺町堂ノ前/那智山正暦寺写真


●子安地蔵堂。庫裏横の正暦寺庭園は回遊式枯山水の名園とされ京都府指定名勝になっている。
綾部市寺町堂ノ前/那智山正暦寺写真




 綾部市下替地町/由良川ダム ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160723
●大正13(1924)年竣工。由良川を堰き止めた水で水力発電するためのダム。
綾部市下替地町/由良川ダム写真


●左奥に新由良川発電所らしき建物が見える。水量が増えれば全面越流する。
綾部市下替地町/由良川ダム写真


●ダムの天端は越流するので弁天橋という吊橋を設けてあるが老朽化している。
綾部市下替地町/由良川ダム写真




 綾部市睦寄町/君尾山光明寺(真言宗醍醐派) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160723
●麓側の駐車場から二王門へ通じる参道脇にある堂宇。鐘緒のない小さな鰐口が付いている。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●鎌倉時代建造の国宝指定・二王門。屋根は栗の板を張った栩葺(とちぶき)になっている。 地図(別画面)
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●門の奥の方に安置されている二王像。連子窓は形だけで実際は塞がれている。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●二王門を潜った所に並んでいる石仏群と五輪塔群。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●石仏群の横に別格という雰囲気の五輪塔が立っている。円形の水輪にひびが入っているのが痛ましい。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●五輪塔横の堂宇に石仏八十八体が安置されている。文政8年(1825年)に寄進されたもので表面がツルツルしている。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●二王門から山道を300m程歩くと本堂に通じる石段がある。道路標識を辿って来ると左奥の駐車場に着く。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●天保7年(1836年)再建された光明寺本堂。聖徳太子が創建したもので千手観世音菩薩が祀られている。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●本堂横の大師堂。檀家の無いお寺だそうなので維持補修面で困難がありそう。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●鐘楼。基壇が無いので柱が傷みやすそうだ。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真


●本堂と大師堂の間に立っている宝篋印塔(右)。南北朝時代に造られた貴重なもので市指定文化財になっている。
綾部市睦寄町/君尾山光明寺写真




▲ 綾部市 ▲ 宇治市 ▼ 亀岡市 ▼
 宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム ここをMapion地図で見る(別画面)
●宇治川に造られたドーム型アーチ式コンクリートダム。1964年完成。左岸でバイパストンネルの建設工事中。
宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム写真


●幅が狭くてカーブした天端。ダムの目的は淀川の治水、宇治市への上水道供給、水力発電。
宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム写真


●建設記念碑。後ろに半分隠れている黒い板碑には建設協力事業者名が刻まれている。
宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム写真


●堤体上流側。クレスト部に非常用洪水吐のラジアルゲートが4門ある。
宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム写真


●鳳凰湖。琵琶湖から流れ出た水が溜まっている。ダム形状が平等院鳳凰堂の鳳凰を連想することから名付けられた。
宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム写真


●直下にある天ヶ瀬発電所の取水口。更に上流にある喜撰山ダムとの間で揚水発電もしている。
宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム写真


●堤高73m、堤頂長254m。美しい曲面を描く堤体。難度の高い設計・施工だったことが伝わってくる。
宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム写真


●常用洪水吐としてコンジット部に青色の高圧ローラーゲートが3門ある。
宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム写真


●天端から下流の眺め。左岸は関西電力天ヶ瀬発電所。右岸は宇治川電気志津川発電所跡。2km程下流に平等院がある。
宇治市宇治金井戸/天ヶ瀬ダム写真




 宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺(本山修験宗別格本山) ここをMapion地図で見る(別画面)
●受付から入って直ぐに西国十番三室戸寺と刻まれた寺号柱が立っている。別称御室戸寺。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●1972(昭和47)年建立の山門。一帯にアジサイ一万株、ツツジ二万株という五千坪の与楽園が広がる。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●庭園を過ぎると石段がありこの上が境内になる。かつては三室堂(みむろどう)とも呼ばれていた。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●石段を上がった所に宇賀神が鎮座。尾をさすれば金運、髭は健康長寿、耳なら福のご利益が頂ける。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●霊泉不動水の手水舎。ハート形をしたアジサイ絵馬が奉納されている。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●コンパクトにまとまった境内。蓮園、本堂、阿弥陀堂、鐘楼。右奥に三重塔。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●西国霊場第10番札所。ご本尊は千手観世音菩薩。光仁天皇により奈良時代創建された。現在の建物は江戸後期再建。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●阿弥陀堂、鐘楼、三重塔。鐘楼裏手の庭に源氏物語に縁のある浮舟之古蹟碑がある。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●三重塔は江戸中期の築造品で明治時代に高蔵寺(兵庫県佐用郡佐用町)から移築された。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●本殿後方の十八神社(いそは神社、重文)。鎮守社としてかつては18神を祀ったもので室町中期建立。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真


●本堂前の蓮園に100種250鉢が並び6月下旬頃から見頃となり極楽浄土が再現される。正面は納経所。
宇治市莵道滋賀谷/明星山三室戸寺写真




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 亀岡市篠町王子市原/選奨土木遺産「王子橋」 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180906
●めがね橋。「輪石と壁石が夫婦天端で一体化した非常に珍しい構造形式」で土木学会選奨土木遺産に認定されている。
亀岡市篠町王子市原/王子橋写真


●明治17年竣工の初代王子橋は人道橋として現役。昭和44年、新王子橋が隣に架けられ国道9号線が通っている。
亀岡市篠町王子市原/王子橋写真


●初代王子橋建設に地元住民の貢献があったと知り、篠町自治会が設置した親柱を見ると往時が偲ばれる。
亀岡市篠町王子市原/王子橋写真




 亀岡市篠町王子田ノ尻/老ノ坂峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180906
●国道9号線が通る老ノ坂トンネル(京都市側)。左は自動車用の松風洞、右は歩行者・自転車用の和風洞。 地図(別画面)
亀岡市篠町王子田ノ尻/老ノ坂峠写真


●旧山陰道沿いの愛宕山常夜灯。老ノ坂隧道(明治17年竣工)が開通するまではこの道がメインだった。 地図(別画面)
亀岡市篠町王子田ノ尻/老ノ坂峠写真


●山城国/丹波国の境界を示す国境石。京都国立博物館にもあるらしいが従是西丹波国は何処に。 地図(別画面)
亀岡市篠町王子田ノ尻/老ノ坂峠写真


●首塚大明神。酒呑童子の首を埋めた首塚との伝。台風21号で折れた枝が散らかっている。 地図(別画面)
亀岡市篠町王子田ノ尻/老ノ坂峠写真


●この先老ノ坂峠。大枝山の峠を大江坂と呼び、それが変化して老ノ坂になったらしい。 地図(別画面)
亀岡市篠町王子田ノ尻/老ノ坂峠写真




 亀岡市保津町保津山/神明峠 ここをMapion地図で見る(別画面)
●京都府道50号京都日吉美山線が通る峠道。京都市と亀岡市の境になるが頂上はもう少し先にある。
亀岡市保津町保津山/神明峠写真


●ここはY字路になっていてゲートのある保津町・亀岡方面へ進むと愛宕林道を通って保津町に至る。
亀岡市保津町保津山/神明峠写真




 亀岡市荒塚町内丸/亀山城址 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160814
●城址内は大本教本部の管理区域になっていて聖地・天恩郷と称されている。方々に教団建物があり正面は万祥殿。
亀岡市荒塚町内丸/亀山城址写真


●本丸入口。亀山城は明智光秀が丹波統治の拠点として天正6年(1578年)に築城した。
亀岡市荒塚町内丸/亀山城址写真


●層塔型5重5階の大天守があった天守石垣。大本弾圧事件(昭和10年)で廃墟になったが信徒により石垣が復元された。
亀岡市荒塚町内丸/亀山城址写真


●天守台の下にある井戸跡。井桁に組まれた石がガッチリ噛み合っている。
亀岡市荒塚町内丸/亀山城址写真


●外濠の一部が南郷池として残っている。右の林は弾薬庫があった中の島。
亀岡市荒塚町内丸/亀山城址写真


●旅籠町、呉服町、塩屋町、魚屋町等の地名が残る城址周辺は城下町の風情を感じながら散策できる。 地図(別画面)
亀岡市荒塚町内丸/亀山城址写真




 亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺(天台宗) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160814
●穴太寺仁王門。西国三十三ヶ所観音霊場第二十一番札所。穴穂寺。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●中世の兵火により焼失したが江戸中期に再建された。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●阿形吽形ともに表情がどことなくゆるい感じ。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●飛鳥時代(慶雲2年・705年)、文武天皇の勅願により大伴古麻呂が開創。「身代わり観音」とも呼ばれる。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●江戸時代(享保20年・1735年)に再建された本堂。本尊は薬師如来。札所本尊は聖観世音菩薩。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●千社札や扁額で賑やかだが簡素な木組みの印象。撫でた部位の病を治して下さる木造釈迦涅槃像も安置されている。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●本堂右側の念仏堂。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●鐘楼。後方に樹齢500年はいってそうなムクノキの巨木(亀岡の名木)が見える。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●重厚な屋根の手水舎。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●1804年に再建された多宝塔(京都府指定文化財)。右側に平和塔と三十三ヶ所観音堂がある。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●昭和初期に建立された地蔵堂。万体地蔵がずらりと並んでいる。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●丹波国曽我部郷郡司・宇治宮成の墓。宇治氏が仏師・感世に聖観音像を彫らせたとされる。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真


●仁王門を入ってすぐ左手の鎮守堂。天満宮(菅原道真)と稲荷明神が祀られている。
亀岡市曽我部町穴太/菩提山穴太寺写真




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 京都市山科区北花山河原町/華頂山元慶寺(天台宗) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180906
●がんけいじ。渋谷街道に立つ目印の看板。細道の突き当りに鐘楼門がある。
京都市山科区北花山河原町/華頂山元慶寺写真


●鐘楼門は江戸後期(1792寛政4年)に再建されたもの。竜宮造りなので異国の雰囲気がする。
京都市山科区北花山河原町/華頂山元慶寺写真


●平安前期作の帝釈天と梵天像は京都国立博物館に寄託中のため代りに写真が置いてある。手前は禁葷酒塔。
京都市山科区北花山河原町/華頂山元慶寺写真


●庭園から本堂の眺め。平安時代初期(貞観10年)、遍昭僧正が創建した。西国霊場の番外札所になっている。
京都市山科区北花山河原町/華頂山元慶寺写真


●1789(寛政元年)再建された本堂(薬師堂)。ご本尊は薬師瑠璃光如来。扉に勅願所の証として菊花紋が付いている。
京都市山科区北花山河原町/華頂山元慶寺写真


●花山院法皇御落飾道場の石塔。花山天皇19歳の時にここで出家し花山法皇(西国霊場中興の祖)と称した。
京都市山科区北花山河原町/華頂山元慶寺写真


●元慶寺再興碑。寺は応仁の乱以降衰退していたが江戸後期(1783天明3年)になって妙厳和尚により再興された。
京都市山科区北花山河原町/華頂山元慶寺写真




 京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)(真言宗泉涌寺派) 地図(別画面)  Trail-20180906
●通称今熊野。泉涌寺境内にある観音寺参道入口。左の石柱に「いまくまの 現世安穏後生善所」と刻まれている。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●鳥居橋から杉並木へと参道が続く。今熊野観音寺は平安初期(弘仁年間・825年頃)に弘法大師が創建した。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●手水場。覆屋がなく庭石の如く庭園の景色に溶け込んでいる。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●子まもり大師の像。周囲に四国八十八所のお砂が敷かれている。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●迫力がある二重屋根の本堂。応仁の兵火で焼失したが江戸中期に再建された。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●西国霊場第15番。ご本尊は弘法大師作と伝えられる十一面観世音菩薩。「頭の観音さん」として信仰されている。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●弘法大師の霊水・五智水の井。弘法大師が錫杖で岩を突いたところ湧き出してきた清水との伝。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●ぼけ封じ観音。老人・老女の姿をしたお身代わりの石仏が並んでいる。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●大師堂。弘法大師が祀られている。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●鎮守社の稲荷社(左)と熊野権現社(右)。弘法大師は老翁の姿をした熊野権現から十一面観世音菩薩を授かった。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●鐘楼。基壇に昭和3年落成と刻まれている。この横から多宝塔へ通じる参道が付いている。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●今熊野西国霊場。多宝塔への参道に西国霊場の各御本尊が奉安されている。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真


●昭和59年(1984年)建立の多宝塔(医聖堂)。日本医学の発展に貢献した人々が祀られている。手前は医心方記念碑。
京都市東山区泉涌寺山内町/新那智山観音寺(今熊野)写真




 京都市伏見区葭島金井戸町/三栖閘門みすこうもん ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180906
●1929(昭和4)年に造られた水門施設。「伏見のパナマ運河」と呼ばれ土木学会選奨土木遺産に認定されている。
京都市伏見区葭島金井戸町/三栖閘門写真


●大正時代の伏見防水工事(洪水対策で堤防を築いた)の結果、宇治川に対して伏見港(濠川)側の水位が4.5m高くなった。
京都市伏見区葭島金井戸町/三栖閘門写真


●伏見港から出る場合、船を閘室へ入れて前扉室を閉じ水位を宇治川に合わせてから後扉室水門を開いて船を出す。
京都市伏見区葭島金井戸町/三栖閘門写真


●宇治川側の後扉室水門の引上扉。三栖閘門はパナマ運河の図面を参考に造られたらしい。
京都市伏見区葭島金井戸町/三栖閘門写真


●宇治川側からの眺め。昭和30年代から舟運需要が低下し昭和43年に伏見港は埋め立てられ三栖閘門は役目を終えた。
京都市伏見区葭島金井戸町/三栖閘門写真


●旧操作室を復元した三栖閘門資料館。一帯は公園になり三栖閘門は観光船の発着場として利用されている。
京都市伏見区葭島金井戸町/三栖閘門写真




 京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐)(真言宗醍醐派総本山) ここをMapion地図で見る(別画面)
●旧奈良街道に面して立つ総門。醍醐寺は山頂にある上醍醐(874年開創)と麓にある下醍醐(926年創建)からなる。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●総門を入り三宝院、霊宝館を過ぎると西大門(仁王門)がある。金堂移築に引き続いて西大門が再建された。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●金剛力士像(重文)。平安後期の作で南大門から西大門へ移設された。大きな頭に緩い表情は親しみがもてる。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●醍醐の森と呼ばれる境内。醍醐寺は「古都京都の文化財」の一つとして世界文化遺産に登録されている。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●金堂(国宝)。平安初期に創建したが焼失、安土桃山時代に紀州湯浅の満願寺から移築された。本尊は薬師如来坐像。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●金堂前広場にある簡素な感じがする鐘楼。境内奥にある観音堂の前には豪華な鐘楼堂がある。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●清瀧宮拝殿。上醍醐にある鎮守・清瀧権現から分霊し下醍醐の鎮守として祀られている。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●極彩色で飾られた清瀧宮本殿(重文)。平安時代創建、室町時代再建。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●五重塔(国宝)。平安初期創建されたもので当時のまま現在に残る。京都府下で最も古い木造建築物。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●不動堂、護摩道場。五大明王が祀られている。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●真如三昧耶堂。平安初期に創建された法華三昧堂が焼失し、その跡地を利用して1997(平成9)年に建てられた。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●祖師堂。真言宗を開いた弘法大師空海とその孫弟子で醍醐寺開創の理源大師聖宝が祀られている。江戸初期建立。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●日月門。この門から奥の建物群は大伝法院と呼ばれ実業家・山口玄洞氏の寄進により1930(昭和5)年に建てられた。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●観音堂(旧大講堂)。上醍醐・准胝堂が焼失したため仮の西国霊場第11番札所として使われている。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●鐘楼堂。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真


●方丈池と弁天堂。
京都市伏見区醍醐伽藍町/醍醐山醍醐寺(下醍醐寺)写真




 京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺(真言宗醍醐派総本山) ここをMapion地図で見る(別画面)
●醍醐山の頂上近くにある西国第11番霊場への登山口。木に隠れて大きな石鳥居が立ちその先に女人堂がある。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●成身院女人堂。上醍醐・准胝観音の分霊が祀られている。かつては結界でここから先は女人禁制だった。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●西国霊場一険しい札所と言われる上醍醐参道。ここから山上の開山堂まで2.6km、20丁、60分の登山となる。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●上醍醐寺務所。門の前に十九丁の石標がある。寺務所の外側を塀沿いに奥へ進むと上醍醐の正面に出る。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●平安初期、空海の孫弟子である理源大師聖宝が開創。醍醐天皇の庇護を受け下醍醐の方が発展した。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●清瀧宮拝殿(国宝)。後方にある清瀧宮本殿の拝殿で平安中期創建、室町初期再建された。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●清瀧宮本殿。空海が長安の青龍寺から勧請した清瀧権現が祀られた上醍醐の鎮守社。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●醍醐水の石標が立つ堂宇。聖宝の前に現れた地主神が「あ 醍醐味なる哉」の言葉を残したとされる醍醐寺発祥の地。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●西国霊場第11番札所の准胝堂跡(准胝観世音菩薩、平安中期創建)。1939年焼失、1968年再建、2008年焼失。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●薬師堂(国宝)。醍醐天皇の御願堂として平安初期創建。現建物は平安後期再建されたもの。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●五大堂の手前に下醍醐のものと似た感じの鐘楼がある。左のプレハブは仁王会参籠所。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●五大堂。聖宝が開いた鎮護国家の祈願根本道場で五大明王が祀られている。平安初期創建、1940(昭和15)年再建。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●如意輪堂(重文)。聖宝により准胝堂とともに創建された。現建物は江戸初期に再建されたもの。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●如意輪堂の隣にある縁結白山大権現。聖宝が山上鎮守として勧請した。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●開山堂(重文)。平安初期創建、如意輪堂とともに再建された。開山理源大師聖宝坐像などが安置されている。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真


●宋版一切経の経蔵跡。1939(昭和14)年の山火事で経蔵、清瀧宮本殿、准胝堂が焼失し礎石のみ残る。
京都市伏見区醍醐醍醐山/深雪山上醍醐寺写真




 京都市右京区嵯峨越畑/西ヶ谷ダム ここをMapion地図で見る(別画面)
●1996年竣工のアースダム。満水時は遠くの愛宕山が湖面に映って美しいらしい。
京都市右京区嵯峨越畑/西ヶ谷ダム写真


●シンプルな造りの天端部。奥の左岸側に洪水吐がある。
京都市右京区嵯峨越畑/西ヶ谷ダム写真


●堤体の下流側は何も無い。
京都市右京区嵯峨越畑/西ヶ谷ダム写真




 京都市右京区嵯峨亀山町/六丁峠 ここをMapion地図で見る(別画面)
●登り口から距離六丁というのが名前の由来らしい。切り通しの上を嵐山・高尾パークウェイが通っている。
京都市右京区嵯峨亀山町/六丁峠写真


●反対から。京都府道50号京都日吉美山線が通る峠道でこの先の九十九折れを下ると保津峡沿いの道になる。
京都市右京区嵯峨亀山町/六丁峠写真




 京都市右京区京北井戸町山田/井戸峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180721
●京都府道61号京都京北線が通る峠。写真は京北上弓削町側からの眺め、この先下ると京北井戸町に至る。
京都市右京区京北井戸町山田/井戸峠写真


●基壇の上に地蔵尊と道しるべが安置されている。道しるべの背面に明治28年建立とある。
京都市右京区京北井戸町山田/井戸峠写真


●峠ノ太郎氏によると「東寺山、西つつ江(筒江)、南山みち、北初川」と刻まれている。
京都市右京区京北井戸町山田/井戸峠写真


●石の頂部四面に「東西南北」も刻まれているが90度ずれて置いてある。
京都市右京区京北井戸町山田/井戸峠写真




 京都市右京区京北周山町上代/恵日山慈眼寺(曹洞宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波西国三十三観音霊場第24番。京都と若狭を結ぶ周山街道の押さえとして後方の山に周山城が築かれた。
京都市右京区京北周山町上代/恵日山慈眼寺写真


●1967年、コンクリート造りで再建された本堂。ご本尊は聖観世音菩薩。明智光秀ゆかりの寺でもある。
京都市右京区京北周山町上代/恵日山慈眼寺写真


●明智光秀創建の密厳寺から移築されたとされる釈迦堂。うすしまさん明王、明智光秀坐像・位牌が安置されている。
京都市右京区京北周山町上代/恵日山慈眼寺写真


●境内から山門と鐘楼の眺め。鐘楼の柱が粗削りのまま使われている。
京都市右京区京北周山町上代/恵日山慈眼寺写真


●鐘楼の内階段。近年に石積みされたようだが足を踏み外しそうな。
京都市右京区京北周山町上代/恵日山慈眼寺写真


●境内と墓地の境にある奇岩と稲荷神社。鮎放流発祥地の碑が立っている。
京都市右京区京北周山町上代/恵日山慈眼寺写真


●寺横の駐車場。北桑田郡48村が篠山藩領だった時代があり周山代官所が置かれていた。 地図(別画面)
京都市右京区京北周山町上代/恵日山慈眼寺写真


●寺向かいの奨学碑。大正時代、北桑田郡は独自の奨学金制度を創設し、上級学校への進学を奨励した。 地図(別画面)
京都市右京区京北周山町上代/恵日山慈眼寺写真




 京都市右京区京北細野町釣瓶税/栗尾峠 ここをMapion地図で見る(別画面)
●旧国道162号線・周山街道随一の難所とされた栗尾峠の頂上部分。現在は自転車歩行者専用道になっている。
京都市右京区京北細野町釣瓶税/栗尾峠写真


●旧道(左)と新道(国道162号線)の分岐点。京北トンネル(2,313m)が完成し2013年栗尾バイパスが開通した。
京都市右京区京北細野町釣瓶税/栗尾峠写真




 京都市左京区広河原能見町/能見峠(久多峠) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180721
●京都府道110号久多広河原線が通る峠。豪雪地帯の為冬季通行止めになる。
京都市左京区広河原能見町/能見峠写真


●趣きのある看板が立っている。久多峠とも呼ばれ東へ下ると京都のチベットと称される久多宮の町になる。
京都市左京区広河原能見町/能見峠写真




▲ 京都市 ▲ 相楽郡 ▼ 南丹市 ▼
 相楽郡和束町中大杉/八坂神社 ここをMapion地図で見る(別画面)
●奈良時代から祀られている八坂神社(大杉さん)。小社後方に祇園杉と呼ばれる御神木が聳えている。
相楽郡和束町/八坂神社写真


●御神木は幹が8本に分かれた北山杉で京都の自然二百選。樹齢1300年以上、幹回り13.8m、樹高31m。
相楽郡和束町/八坂神社写真


●茶畑が広がる高台にあるので度々落雷に遭っているが今なお年輪を重ねている。
相楽郡和束町/八坂神社写真




▲ 相楽郡 ▲ 南丹市 ▼ 福知山市 ▼
 南丹市八木町神吉回り田/廻り田池(神吉池) ここをMapion地図で見る(別画面)
●明治13年に造られた農業用ため池。中央に浮島がある。
南丹市八木町神吉回り田/廻り田池写真


●秋になると水抜きされる。池沿いに国道477号線が通っている。
南丹市八木町神吉回り田/廻り田池写真


●洪水吐。道端に「池の上橋」、「三俣川」と刻まれた親柱が転がっている。
南丹市八木町神吉回り田/廻り田池写真


●洪水吐の横にある穴のある廻池築造記念碑。石板に沿革が詳しく刻まれている。
南丹市八木町神吉回り田/廻り田池写真




 南丹市美山町原/神楽坂峠・原峠 Trail-20180818
●神楽坂トンネル北坑口(1997年竣工)。地理院地形図によるとトンネルの上に神楽坂峠がある模様。 地図(別画面)
南丹市美山町原/神楽坂峠・原峠写真


●原峠。京都府道19号園部平屋線の旧道。神楽坂トンネルが出来たので役割りは低い。 地図(別画面)
南丹市美山町原/神楽坂峠・原峠写真


●原峠(右下から左上奥へ)の手前に延長65kmの丹波広域基幹林道(左右)が通っている。
南丹市美山町原/神楽坂峠・原峠写真




 南丹市美山町佐々里/佐々里峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180721
●京都府道38号京都広河原美山線が通る峠。豪雪地帯の為冬季通行止めになる。
南丹市美山町佐々里/佐々里峠写真


●峠は南丹市と京都市の境界に位置する。写真は南丹市側に立って京都市側の眺め。
南丹市美山町佐々里/佐々里峠写真


●石積み壁が裾広がりになった頑丈な造りの石室がある。往時の旅人が避難小屋として利用するためのものらしい。
南丹市美山町佐々里/佐々里峠写真


●中に往来安全地蔵が安置されているが・・・小祠から出て拝石に鎮座している。
南丹市美山町佐々里/佐々里峠写真


●石室前にある標石。裏面に発起人広河原○○、此地所寄附人別所村○○と刻まれているが??
南丹市美山町佐々里/佐々里峠写真




 南丹市美山町静原/小倉山歓楽寺(真言宗泉涌寺派) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160902
●奈良時代末(延暦年間782〜806年)に桓武天皇の勅願により開創された。
南丹市美山町静原/小倉山歓楽寺写真


●仁王門。草葺屋根だったが写真のように改修されている。
南丹市美山町静原/小倉山歓楽寺写真


●金剛力士像は鎌倉時代の作とされ京都府文化財に指定されている。
南丹市美山町静原/小倉山歓楽寺写真


●阿形吽形とも表情や筋骨がリアルで迫って来るような力強さがある。
南丹市美山町静原/小倉山歓楽寺写真


●如意輪観音が祀られた観音堂。丹波西国三十三観音霊場第二十六番札所。扁額に「新四国第拾弐番」と記されている。
南丹市美山町静原/小倉山歓楽寺写真


●外から眺めた境内。手前に鐘楼、奥に観音堂と本堂が見える。
南丹市美山町静原/小倉山歓楽寺写真




 南丹市美山町静原九鬼ヶ坂/九鬼ヶ坂峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180721
●国道162号線が通る峠で往時は周山街道の難所とされた。西へ下った所に九鬼ヶ坂という地名がある。
南丹市美山町静原九鬼ケ坂/九鬼ヶ坂峠写真


●峠を西へ越した所に南丹市美山国体記念公園が整備されている。
南丹市美山町静原九鬼ケ坂/九鬼ヶ坂峠写真


●1988年(昭和63)開催された京都国体で自転車ロードレースの北山周回コースに設定された。
南丹市美山町静原九鬼ケ坂/九鬼ヶ坂峠写真


●牛若丸をモチーフにした京都国体マスコット「未来くん」が鎮座している。
南丹市美山町静原九鬼ケ坂/九鬼ヶ坂峠写真




 南丹市美山町北/美山かやぶきの里 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160902
●京都府道38号線沿いの駐車場からの眺め。山裾にかやぶき民家が38棟ある。横の由良川左岸がかや場になっている。
南丹市美山町北/美山かやぶきの里写真


●重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。電線、標識、アンテナ、看板、街灯・・・今風な物は見当たらず。
南丹市美山町北/美山かやぶきの里写真


●地区東端の高台にある知井八幡宮。10月の例祭では雅楽が奉納され神輿の巡行が行われる。 地図(別画面)
南丹市美山町北/美山かやぶきの里写真


●舞殿。右奥の本殿は江戸時代(明和4年・1767年)に再建されたもので京都府指定文化財になっている。
南丹市美山町北/美山かやぶきの里写真


●集落と山の境にある鎌倉神社。瑞垣に囲まれて小社が祀られている。 地図(別画面)
南丹市美山町北/美山かやぶきの里写真


●鎌倉神社から集落の眺め。
南丹市美山町北/美山かやぶきの里写真




 南丹市美山町樫原/大野ダム ここをMapion地図で見る(別画面)
●由良川にある昭和36年完成のダム。大野村に築造され年数が経って渋い色に染まっている。
南丹市美山町樫原/大野ダム写真


●ダム碑横から天端の眺め。ダム堤体が途中でくの字に折れ曲がった構造になっている。
南丹市美山町樫原/大野ダム天端写真


●虹の湖と名付けられたダム湖。周回できる全長6kmの遊歩道が設けられている。左の方は大野ダム公園。
南丹市美山町樫原/大野ダム虹の湖写真


●天端から放水路の眺め。谷の山肌は固そうな岩だらけ。
南丹市美山町樫原/大野ダム放水路写真


●放水路の横に大野発電所がある。最大出力1万1000KWの発電設備が地下に納まっている。
南丹市美山町樫原/大野ダム大野発電所写真


●大野ダム公園から堤体の眺め。クレスト部に水色のラジアルゲートが3門、その下にコンジットゲートが3門。
南丹市美山町樫原/大野ダム写真


●ダム直下の虹の広場公園。ダムが完成した際にサクラとモミジが何千本も植樹された。
南丹市美山町樫原/大野ダム虹の広場公園写真




 南丹市日吉町中世木/慈眼山普門院(高野山真言宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波西国三十三観音霊場第25番。ご本尊は聖徳太子作あるいは平安時代作と伝わる聖観世音菩薩。33年毎ご開帳。
南丹市日吉町中世木/慈眼山普門院写真


●本堂と並びに白壁の蔵と権現堂がある。蔵には鎌倉後期から室町時代の銅鏡七面が収蔵されているのだろうか。
南丹市日吉町中世木/慈眼山普門院写真


●権現堂の横で弁財天が祀られている。毎年盂蘭盆に境内で松明行事(無形民俗文化財)が催される。
南丹市日吉町中世木/慈眼山普門院写真


●南北朝時代の宝篋印塔(市指定文化財)が良い状態で残っている。
南丹市日吉町中世木/慈眼山普門院写真


●本堂横にある大山祇神社。自然石を使った灯籠が堂々としている。
南丹市日吉町中世木/慈眼山普門院写真


●今治市の大山祇神社から勧請されたもので嘉吉年間(1441〜1444年)創建との伝。
南丹市日吉町中世木/慈眼山普門院写真


●寺から150m程東の山中に五輪塔が残っている。鎌倉時代、最明寺入道(北条時頼)が建立したとされる。 地図(別画面)
南丹市日吉町中世木/慈眼山普門院写真


●五輪塔手前の墓地に一石六地蔵が立っている。
南丹市日吉町中世木/慈眼山普門院写真




 南丹市日吉町中世木/持越峠 ここをMapion地図で見る(別画面)
●京都府道364号中地日吉線が通る峠道。ここから2km程南に人尾峠(山道)があり、トンネル化が要望されている。
南丹市日吉町中世木/持越峠写真




 南丹市日吉町天若/世木ダム ここをMapion地図で見る(別画面)
●1951年竣工した発電用ダム。写真左端に取水口があり新庄発電所(最大出力6,700kw)へ導水されている。
南丹市日吉町天若/世木ダム写真


●ダム湖に架かる天若(宇津)峡大橋。奥へ行くと梅ノ木谷公園、紅葉峠へと続く。橋を渡ってダム横に行ける。
南丹市日吉町天若/世木ダム天若(宇津)峡大橋写真


●周回道路から天端部の眺め。下流の日吉ダム建設に合わせてゲートが撤去され自然越流式に変更された。
南丹市日吉町天若/世木ダム天端部写真


●世木ダム展望台からの眺め。すぐ下流にある日吉ダムに対して貯砂ダムの役割も担っている。
南丹市日吉町天若/世木ダム展望台写真




 南丹市日吉町中/日吉ダム ここをMapion地図で見る(別画面)
●府道19号線を走るとダムの手前に歓迎ゲートがある。日吉ダムは「地域に開かれたダム」の第1号指定されている。
南丹市日吉町中/日吉ダム歓迎ゲート写真


●見た瞬間唸りたくなる程大きい。ダム堤の高さ67m、幅440mもある。1998年完成。
南丹市日吉町中/日吉ダム写真


●ダム直下は芝生が植えられスプリングスパークという公園になっている。箱庭のようで美しい。
南丹市日吉町中/日吉ダムスプリングスパーク写真


●公園からダム堤体の眺め。直下から仰ぎ見ると迫力が半端ない。
南丹市日吉町中/日吉ダムスプリングスパーク写真


●桂川が堰き止められて天若湖になった。この奥に世木ダムがある。くねくねと長い周回道路が付いている。
南丹市日吉町中/日吉ダム天若湖写真


●右岸にある管理棟横から幅8mもある天端部の眺め。この辺は記念広場と呼ばれ眺めの良い東屋もある。
南丹市日吉町中/日吉ダム管理棟写真


●天端中央から右岸方向の眺め。ダム堤の地中にインフォギャラリーというものがあって色々見学できる。
南丹市日吉町中/日吉ダム天端中央写真




 南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺(真言宗御室派) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160814
●仁王門(重要文化財)。平安時代(弘仁元年・810年)に弘法大師が開基した。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●南丹市指定文化財の金剛力士阿形像。平安時代に白河天皇が伽藍を建立したが中世の兵火により仁王門以外焼失した。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●金剛力士吽形像。天衣が割れて痛々しい。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●仁王門を潜って左手にある謝恩堂。九品寺は船阪観音とも呼ばれ右の坂道を行くと船阪観音霊場がある。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●参道右手の石段上にある山門。この奥は普通の家が立っている。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●平成5年に全御陵参拝記念として寄進された石碑。この裏に四国八十八ヶ所霊場を模して観音像が祀られている。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●ずらりと並ぶ四国八十八ヶ所霊場仏像。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●一番奥にある観音堂。江戸時代(元和9年・1623年)、園部藩主・小出吉次が再建した。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●観音堂の横にある宮内庁指定管理の宝筐印塔。白河天皇の皇子・覚行法親王の御廟所とされる。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●船阪観音霊場の福寿観音。九品寺は船井三十三観音霊場第一番札所・丹波国三十三観音霊場第二十番札所でもある。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●観音霊場巡拝道に並ぶ十一面千手千眼観世音菩薩。どの像も造形が精巧なのには驚かされる。
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真


●観音堂の隣にある船阪八幡宮。江戸時代(明和元年・1764年)、現在地に遷座された。 地図(別画面)
南丹市園部町船阪/鴫尾山九品寺写真




 南丹市園部町小桜町/園部城址 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160814
●園部藩初代藩主・小出吉親がここに園部陣屋を築き、明治元年になって最後の藩主・小出英尚が園部城に造りかえた。
南丹市園部町小桜町/園部城址写真


●廃藩置県となり櫓門や巽櫓を残して明治5年に取り壊したり移築された。この櫓門は園部高校正門として使われている。
南丹市園部町小桜町/園部城址写真


●巽櫓と番所(右側)。内堀や本丸石垣は埋め立てられて高校や公園になっている。
南丹市園部町小桜町/園部城址写真


●小麦山(小向山)頂上。明治元年に三層の小麦山櫓が建てられたが今は石塔群が立っている。 地図(別画面)
南丹市園部町小桜町/園部城址写真


●園部公園にある町の鳥・カワセミ像と小麦山櫓を模したと思われる国際交流会館。
南丹市園部町小桜町/園部城址写真




 南丹市園部町竹井/摩気神社 ここをMapion地図で見る(別画面)
●延喜式神明帳に記されていた高い格式があり京都府登録文化財になっている。
南丹市園部町竹井/摩気神社写真


●神門。矢大臣、左大臣は安置されていない。
南丹市園部町竹井/摩気神社写真


●境内左手にある絵馬舎。元は拝殿だったがこの位置へ移築され絵馬殿として再利用されている。
南丹市園部町竹井/摩気神社写真


●絵馬の数々。
南丹市園部町竹井/摩気神社写真


●境内中央に拝殿。正面に本殿と左右に東摂社、西摂社。
南丹市園部町竹井/摩気神社覆屋写真


●この拝殿は昭和初期に建立されたもの。
南丹市園部町竹井/摩気神社写真


●こけら葺の社殿に茅葺の覆屋が被さっている。各村の氏神をここに遷座し摂社として祀られている。
南丹市園部町竹井/摩気神社写真


●境内にある石造りのかまど。薪が積んであるので祭事で使われているようだ。
南丹市園部町竹井/摩気神社写真


●社殿裏手からの眺め。近くの茅原に生えた茅が覆屋に使われている。
南丹市園部町竹井/摩気神社写真


●参道の近くを流れる園部川に架かる摩気橋(まけばし)。木造のため重量制限2t。
南丹市園部町竹井/摩気神社摩気橋写真


●摩気橋たもとの常夜灯。雨除けのために大きな笠石が載せてあるがこれは特別大きい。
南丹市園部町竹井/摩気神社写真




▲ 南丹市 ▲ 福知山市 ▼ 船井郡 ▼
 福知山市三俣/木の芽峠(かやの木峠) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180805
●京都府道522号三俣綾部線が通る峠道。狭い九十九折れ道が続く。
福知山市三俣/木の芽峠写真




 福知山市内記/福知山城跡(龍ヶ城) ここをMapion地図で見る(別画面)
●天正7(1579)年、明智光秀が築城。明治に石垣(天守台と本丸)以外解体され福知山城公園になっている。
福知山市内記/福知山城跡写真


●昭和61(1986)年、3重3階の大天守と2重2階の小天守が外観を忠実に再建(構造は鉄筋コンクリート造)された。
福知山市内記/福知山城跡写真


●現存する野面積みの天守台石垣。「転用石」として宝篋印塔や五輪塔も使用されている。
福知山市内記/福知山城跡写真


●銅門脇番所。城内唯一の建築物遺構。保存のため二の丸から本丸に移築された。
福知山市内記/福知山城跡写真


●本丸にある深さ日本一(50m)の豊磐井。井桁の石組みが精密に合わさっている。
福知山市内記/福知山城跡写真


●本丸の朝暉神社。明治の廃城で城外へ遷宮していたが再度戻されてこの場所で祀られるようになった。
福知山市内記/福知山城跡写真




 福知山市樽水/普明山観興寺(臨済宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●高台を巻くように参道を上ると仁王門があり甘栗集落が一望できる。丹波国西国三十三観音霊場第5番。
福知山市樽水/普明山観興寺写真


●小さな仁王門ながら2mを超える体躯の金剛力士立像が安置されている。南北朝時代作の市指定文化財。
福知山市樽水/普明山観興寺写真


●本堂。鎌倉時代に真言宗の寺として開創されもので往時は六坊あった。御本尊は十一面観世昔菩薩。
福知山市樽水/普明山観興寺写真


●本堂の奥にある観音堂らしき仏堂。千社札が残っている。
福知山市樽水/普明山観興寺写真


●参道とは別にある自動車道沿いに鐘楼がある。新しい造りで四方転びの角柱が力強い。
福知山市樽水/普明山観興寺写真


●茅葺き屋根の二階建てが独特の雰囲気を放つ旧庫裡。
福知山市樽水/普明山観興寺写真


●鎮守の熊野神社。
福知山市樽水/普明山観興寺写真




 福知山市寺町/慈雲山海眼寺(臨済宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波国西国三十三観音霊場第4番。由良川土手下の寺院が集まった旧市街にある。
福知山市寺町/慈雲山海眼寺写真


●江戸初期(元和年間)の創建。由良川氾濫対策のためか高床式鉄筋コンクリート造の本堂。
福知山市寺町/慈雲山海眼寺写真


●千手観世音菩薩が祀られている観音堂。階段の木箱には賓頭盧尊者(びんずるさん)が安置されている。
福知山市寺町/慈雲山海眼寺写真




 福知山市三和町菟原下/選奨土木遺産「両橋」 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180818
●りょうはし。土師川に架かる鉄筋コンクリートアーチ橋。1938年(昭和13)、山陰街道整備の一環として造られた。
福知山市三和町菟原下/推奨土木遺産「両橋」写真


●社団法人土木学会の「2008年度選奨土木遺産」に認定されている。橋長56m、幅員6.5m。
福知山市三和町菟原下/推奨土木遺産「両橋」写真


●支間の大アーチに拱腔部の小アーチが組み合わされ「意匠に優れた山陰街道の名橋」として選奨された。
福知山市三和町菟原下/推奨土木遺産「両橋」写真


●親柱や高欄(欄干)にもアーチデザインが織り込まれている。
福知山市三和町菟原下/推奨土木遺産「両橋」写真


●当時は山陰街道の主線だったがバイパスするように国道9号線が通って静かな街並みになっている。
福知山市三和町菟原下/推奨土木遺産「両橋」写真




 福知山市三和町菟原下/八川山 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20171215
●鹿倉北峰から八川山の眺め。
福知山市三和町菟原下/八川山写真


●八川山頂上(451m)。
福知山市三和町菟原下/八川山写真




 福知山市三和町菟原下/鉤掛越 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20171215
●八川山と鹿倉北峰との鞍部にある鉤掛越。福知山市三和町の菟原と中出を結んでいた峠道か。
福知山市三和町菟原下/鉤掛越写真


●石積みに囲われて安置された鉤掛地蔵。天明二年(1782年)と読み取れる。
福知山市三和町菟原下/鉤掛越写真




 福知山市三和町菟原中/金昌山龍源寺(曹洞宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波国西国三十三観音霊場番外。山の右手に丹後と京都を結ぶ細野峠がある(歴史の道百選)。
福知山市三和町菟原中/金昌山龍源寺写真


●本堂。山腹にあり菟原が見渡せる。
福知山市三和町菟原中/金昌山龍源寺写真


●鐘楼と阿弥陀堂。
福知山市三和町菟原中/金昌山龍源寺写真


●前庭にある宝篋印塔。室町前期の作とされ三和町市有形文化財に指定されている。
福知山市三和町菟原中/金昌山龍源寺写真


●西国霊場33ヶ所、秩父34ヶ所、坂東33ヶ所計100体の観音が祀られている兎原百観音堂。細野峠から移築された。
福知山市三和町菟原中/金昌山龍源寺写真


●観音堂横の鳥居を潜って石段を上ると厄除八幡神社がある。1月19日に厄神祭が催行される。
福知山市三和町菟原中/金昌山龍源寺写真




 福知山市三和町大原/大原神社 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160723
●社号標に「府社大原神社」と刻まれている。安産の神様として信仰されている。
福知山市三和町大原/大原神社写真


●平安時代(西暦852年・仁寿2年)に創建された。向拝に「龍の丸堀り」があしらわれている。
福知山市三和町大原/大原神社写真


●境内の奥にある摂社の火之神神社。覆屋が立派な造りになっている。
福知山市三和町大原/大原神社写真


●広い境内に芽葦の絵馬殿。鳥居を潜った所に壺池がある。
福知山市三和町大原/大原神社写真


●絵馬殿には見応えのある絵馬が奉納されている。写真右は農耕の様子を描いた「四季耕作図」。
福知山市三和町大原/大原神社写真




 福知山市三和町岼/長宮峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180818
●福知山市/綾部市の境界にあり兵庫県道/京都府道709号中山綾部線が通る峠。福知山市側に長宮という小字がある。
福知山市三和町岼/長宮峠写真


●峠の南側100mに細かく彫られた石仏が祀られている。
福知山市三和町岼/長宮峠写真


●綾部市側の麓にある道しるべ。左 大島 福知山、右 綾部 舞鶴。 地図(別画面)
福知山市三和町岼/長宮峠写真




 福知山市観音寺/補陀洛山観音寺(高野山真言宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波国西国三十三観音霊場第1番。丹波古刹15ヶ寺霊場第15番。総門から仁王門と続く。
福知山市観音寺/補陀洛山観音寺写真


●室町時代中期の作とされる金剛力士像。像の周りは保護のためガラス張りされている。
福知山市観音寺/補陀洛山観音寺写真


●吐水口が噴水式になっている手水舎。数人同時に水を受けられる。
福知山市観音寺/補陀洛山観音寺写真


●本堂。奈良時代(養老4年・720年)開基。兵火で焼失したが江戸中期に再建された。
福知山市観音寺/補陀洛山観音寺写真


●御本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。格子戸にだるまみくじが置かれている。関西花の寺二十五霊場第1番でもある。
福知山市観音寺/補陀洛山観音寺写真


●不動堂と慈母観音。1970年頃からアジサイを植え始め現在は100種1万株もある。6月第4日曜日はあじさいまつり。
福知山市観音寺/補陀洛山観音寺写真


●鐘楼。釣鐘の下に観音桧(御霊木)の切り株が置いてある。手前の横貫が低い位置にある。
福知山市観音寺/補陀洛山観音寺写真


●本堂の向かい側にある山門(中門)。この奥に七観音霊場がありアジサイの中の小径を辿って霊場めぐりができる。
福知山市観音寺/補陀洛山観音寺写真




 福知山市奥野部/医王山長安寺(臨済宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波古刹十五ヶ寺霊場第13番。大江山鬼退治伝説の主人公である麻呂子親王が開基。
福知山市奥野部/医王山長安寺写真


●石門から中へ入ると置物や飾り物が多く凝った造りの境内が広がる。石段を上った所に山門と鐘楼がある。
福知山市奥野部/医王山長安寺写真


●天明4年(1784年)再建と記されているが新しい感じの大方丈(本堂)。四十九灯薬師三尊庭という前庭。
福知山市奥野部/医王山長安寺写真


●本堂の並びにある薬師堂と長安寺の鎮守尊・弁天堂。
福知山市奥野部/医王山長安寺写真


●本堂裏手にある開山堂。長安寺開山である眼光恵透禅師の木像が安置されている。丸窓のデザインが面白い。
福知山市奥野部/医王山長安寺写真


●開山堂の裏にある福知山初代城主・杉原家次公の五輪塔。福知山市重要文化財に指定されている。
福知山市奥野部/医王山長安寺写真


●観音堂と平和観世音。長安寺は丹波のもみじ寺と呼ばれるだけあって手入れが行き届いている。
福知山市奥野部/医王山長安寺写真




 福知山市字大呂/紫金山天寧寺(臨済宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波古刹十五ヶ寺霊場第14番。貞治4年(1365年)開山。府道に面して真新しい石門が立っている。
福知山市字大呂/紫金山天寧寺写真


●下の駐車場から急な石段を上がると山門がある。丹波古刹霊場と西国薬師霊場の札が架かっている。
福知山市字大呂/紫金山天寧寺写真


●広くスッキリした芝生の境内。往時は堂宇が立ち並んでいたのだろう。正面に薬師堂、その左に禅の研修道場。
福知山市字大呂/紫金山天寧寺写真


●山門を潜ってすぐ右手にある鐘楼。鐘を鳴らす撞木をかわすように頭貫柱が組まれている。
福知山市字大呂/紫金山天寧寺写真


●左手に土蔵が並ぶ。寺宝が収蔵されているのだろうか。
福知山市字大呂/紫金山天寧寺写真


●地蔵堂。中央に大きな地蔵菩薩立像が祀られ後方の壁に背丈15cm位の地蔵が多数並んでいる。
福知山市字大呂/紫金山天寧寺写真


●瑠璃光の扁額が掲げられた薬師堂(左)と六角形土蔵造りの開山堂。いずれも府指定文化財。
福知山市字大呂/紫金山天寧寺写真


●薬師堂の裏手にある鎮守社。
福知山市字大呂/紫金山天寧寺写真


●方丈。ブロック塀の内側は石がリズミカルに配置された庭園になっている。
福知山市字大呂/紫金山天寧寺写真




▲ 福知山市 ▲ 船井郡 ▼ 舞鶴市 ▼
 船井郡京丹波町井尻/松ヶ鼻観音堂(曹洞宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●交通量の激しい国道9号線沿いにある。丹波国西国三十三観音霊場第17番。
船井郡京丹波町井尻/松ヶ鼻観音堂写真


●外観は普通の堂宇だが近くで見ると柱に華やかな彩色が施され、千社札も残っている。
船井郡京丹波町井尻/松ヶ鼻観音堂写真


●並びの地蔵堂。立像、坐像各一体が祀られている。
船井郡京丹波町井尻/松ヶ鼻観音堂写真




 船井郡京丹波町妙楽寺/岩屋山千手寺(本山修験宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●自動車道路の高架橋を潜って山裾寄りの奥まった場所にある。千年以上の時を経て観音堂だけが残っている。
船井郡京丹波町妙楽寺/岩屋山千手寺写真


●石段上り口に手水舎があり石仏が祀られている。千手観音菩薩立像・瑞穂町指定文化財と刻まれた石標も立っている。
船井郡京丹波町妙楽寺/岩屋山千手寺写真


●千手寺の扁額が架かる観音堂。丹波国西国三十三観音霊場第18番。船井郡西国三十三所第16番。
船井郡京丹波町妙楽寺/岩屋山千手寺写真


●観音堂の横に立つ石塔。平安時代中期の武将・源頼光が大江山夷賊追討の際であろうかこの地で参籠したとの伝。
船井郡京丹波町妙楽寺/岩屋山千手寺写真




 船井郡京丹波町大迫/太白山祥雲寺(曹洞宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●江戸時代初期(承応3年・1654年)、天足香禅大和尚禅師が建立。「ぼけ封じ寺・天足さん」と呼ばれている。
船井郡京丹波町大迫/太白山祥雲寺写真


●山号柱。山門に近畿楽寿観音霊場第23番札所と記された表札が架かっている。
船井郡京丹波町大迫/太白山祥雲寺写真


●祥雲寺と記された扁額が架かる本堂。禅師は村人の悩みを聞いたり頭の病を癒したとの伝。
船井郡京丹波町大迫/太白山祥雲寺写真


●境内奥の中門を潜ると頭痛やぼけにご利益があるとされる天足堂がある。
船井郡京丹波町大迫/太白山祥雲寺写真


●天足堂。桧の双樹(安楽の霊木・長寿の霊木・樹齢350年)は禅師が植えたもので、没後桧の下に葬られたとの伝。
船井郡京丹波町大迫/太白山祥雲寺写真


●天足堂の壁に架けられたぼけ封じ祈願の絵馬。ぼけてしまう迄に・・ということか50〜60歳台の人が目立つ。
船井郡京丹波町大迫/太白山祥雲寺写真


●山号柱の横に楽寿観音が祀られ、左右にお釈迦様の悟りの木・菩提樹と入滅の木・沙羅双樹が植えられている。
船井郡京丹波町大迫/太白山祥雲寺写真




 船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺(曹洞宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●旧和知第三小学校の運動場から続く石段の上に寿命山明隆寺観音堂がある。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●国指定重要文化財・観音堂の標柱が立つ。室町時代(文明6年・1474年)に建てられたとみられる。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●五間四方の大きな建物。丹波国西国三十三観音霊場第27番。和知西国観音霊場第24番札所でもある。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●太い円柱が印象的な堂内。緑地に金文字で寿命山と記された扁額が架かる。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●堂内の板壁の方々に何やら墨書があり専門家によると落書きらしい。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●観音堂の前に立つ石塔。左は蚕立願供養塔、右は三界萬霊供養等。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●観音堂守護の八幡宮。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●観音堂から眺めた赤屋根の下粟野体育館(旧和知第三小学校体育館)。2001年に閉校し和知小学校へ統合された。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●観音堂隣の阿上三所神社(あじょうさんしょじんじゃ)。同名の神社が町内4ヶ所(本庄、坂原、下粟野、細谷)にある。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●南北朝時代(永徳3年・1383年)、京丹波町本庄小丸山の阿上神社からこの地へ分霊された。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●覆屋に納まった本殿。鈴緒が五本も下がっている。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●覆屋の壁に奉納品が架けられている。これは木槌だろうか。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真


●漆喰で作られた立体的な絵馬。秋の大祭で行われていた稚児流鏑馬の景色だろうか。
船井郡京丹波町下粟野/寿命山明隆寺写真




 船井郡京丹波町粟野/金龍山無動寺(曹洞宗) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波国西国三十三観音霊場第19番。綾部街道に程近い山里にある。
船井郡京丹波町粟野/金龍山無動寺写真


●本堂。茅葺き屋根は鋼板の瓦屋根に葺き替えられている。
船井郡京丹波町粟野/金龍山無動寺写真


●江戸時代初期建立とされる観音堂。十一面千手観世音菩薩が祀られている。
船井郡京丹波町粟野/金龍山無動寺写真


●鐘楼。東屋風の素朴な造りになっている。
船井郡京丹波町粟野/金龍山無動寺写真


●本堂と観音堂の間にある鎮守社。八幡宮、稲荷大明神。
船井郡京丹波町粟野/金龍山無動寺写真




 船井郡京丹波町小畑/和知ダム ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160902
●関西電力が由良川に造った水力発電用ダム(1968年竣工)。和知町だったが2005年に近隣2町と合併して京丹波町に。
船井郡京丹波町市場/和知ダム写真


●左岸に大きなタワークレーンが設置されている。ダムに溜まったゴミや推砂の揚陸用だろうか。
船井郡京丹波町市場/和知ダム写真


●ダム直下に最大出力5,700kWの和知発電所がある。こちらにはガントリークレーンが設置されている。
船井郡京丹波町市場/和知ダム写真


●テンダーゲートと呼ばれる水門。昭和42年7月、第3ゲートの脚柱が坐屈破壊するという事故があった。
船井郡京丹波町市場/和知ダム写真




 船井郡京丹波町下山/畑川ダム ここをMapion地図で見る(別画面)
●2012年完成の畑川ダム。国道27号線・下山バイパスの橋上からの眺め。
船井郡京丹波町下山/畑川ダム写真


●ダム堤は小じんまりし、やや複雑な構造になっているという印象を受ける。
船井郡京丹波町下山/畑川ダム写真


●管理棟前から天端部の眺め。弁当を広げられるような小公園が設けられている。
船井郡京丹波町下山/畑川ダム天端部写真


●洪水調節ゲートは無く、増水時は越流させる自然調節ダムになっている。
船井郡京丹波町下山/畑川ダム写真


●下山四季彩湖と名付けられたダム湖。奥の方にある脇ダムから取水し、トンネル水路を通って放水されている。
船井郡京丹波町下山/畑川ダム下山四季彩湖写真


●天端から放水路方向の眺め。国道27号線・下山バイパスの橋が放水路を跨いでいる。
船井郡京丹波町下山/畑川ダム放水路写真




 船井郡京丹波町須知/導観稲荷神社 ここをMapion地図で見る(別画面)
●旧街道沿いに立っている社頭の第一鳥居。奥の石段上に駐車場があり、更にその上に社殿がある。
船井郡京丹波町須知/導観稲荷神社社頭写真


●拝殿と本殿。網カバーで保護された神狐が据えられている。拝殿の壁に奉納目録が吊るされている。
船井郡京丹波町須知/導観稲荷神社神狐写真


●社殿の右横にある樹齢四百年の大杉。一つの幹が3本に分かれている。幹元の湧水は「導観さんの石清水」と呼ばれる。
船井郡京丹波町須知/導観稲荷神社大杉写真


●駐車場にある手水場。
船井郡京丹波町須知/導観稲荷神社手水場写真


●本殿横の摂社・八坂神社。樹脂製の鳥居が奉納されている。
船井郡京丹波町須知/導観稲荷神社八坂神社写真


●本殿横にある奥の宮への参道。奥の宮は茶の木山中腹に祀られている。
船井郡京丹波町須知/導観稲荷神社参道写真


●奥の宮へ行く途中にある摂社。
船井郡京丹波町須知/導観稲荷神社摂社写真


●本殿から1000m程登った所にある奥の宮。大きな岩が鎮座している。
船井郡京丹波町須知/導観稲荷神社奥の宮写真




▲ 船井郡 ▲ 舞鶴市 ▼ 宮津市 ▼
 舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)(真言宗東寺派) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180818
●鹿原川に架かる慈恩橋を渡って山門へ。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●山門入ってすぐ左手にある「鶴亀の庭」。丹後国領主・細川幽斎作庭で池の石が亀島、右奥に鶴石。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●山門入って正面にある大師堂。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●もみじの参道。丹後のもみじ寺(関西花の寺第3番霊場)と呼ばれシーズンになると一層賑わう。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●開基・高岳親王(真如法親王)お手植えの千年カヤ。幹も枝葉もつやつやしていて老齢木の雰囲気ではない。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●金剛院塔婆と呼ばれる三重塔(重文)。高岳親王を追善供養するため平安時代に建てられ、室町時代に再建された。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●三重塔の複雑な木組み。軒が深く見えるような工夫が凝らされている。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●三重塔横の手水舎。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●参道石段横の延命子安地蔵尊と石仏群。鐘叩用のシモクがぶら下げてある。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●本堂前から参道石段を見下ろす。他に不動坂(いろは坂)という小道からも登れる。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●本堂の前庭。やや狭く細長い。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●平安時代初期、高岳親王によって創建された。ご本尊は波切不動明王で災難除けの仏様として信仰されている。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●本堂の唐破風向拝の彫物。裏側に彫物師・中井権次の銘がある。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●屋根付き渡り廊下の先にあるのは舞台造りの雲山閣。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●本堂東側の弁財天堂と鐘楼。弁財天堂の周囲は池になっている。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●鐘楼横の散策道を行くと弘法の滝がある。高岳親王が天竺に向かうまで滝行された場所だろうか。 地図(別画面)
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●山門の外、道路沿いにある石塔群。仁王門跡と刻まれた石標も立っている。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●仁王門跡の近くにある奉行杉。金剛院の造営奉行を命じられた平忠盛が植えたとの伝。
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真


●高岳親王墓の五輪塔。往時には敷くか囲うかされていたと思われる石が散らばっている。 地図(別画面)
舞鶴市鹿原/鹿原山慈恩寺(金剛院)写真




 舞鶴市南田辺/田辺城跡(舞鶴城) ここをMapion地図で見る(別画面)
●丹波を平定した細川藤孝が天正7(1579)年築城。明治に廃城となったが写真部分は近代になって再建された。
舞鶴市南田辺/田辺城跡写真


●天守台跡の石垣。元々は田辺藩だったが紀伊・田辺藩と区別する為に明治になって舞鶴藩・舞鶴町に改められた。
舞鶴市南田辺/田辺城跡写真


●本丸石垣も現存している。内濠は埋めて本丸跡と合わせて公園、庭園、運動場、駐車場になっている。
舞鶴市南田辺/田辺城跡写真


●発掘調査で見つかった本丸井戸跡。井戸部分だけ本丸石垣が半円形に凹ませてある。
舞鶴市南田辺/田辺城跡写真


●城門向かいにある明倫小学校。藩校・明倫館の校門が現存している。
舞鶴市南田辺/田辺城跡写真


●城門向かいの二の丸跡にある「うの森神社」。 地図(別画面)
舞鶴市南田辺/田辺城跡写真




 舞鶴市城屋/真壁峠 ここをMapion地図で見る(別画面)
●京都府道66号志高西舞鶴線が通るネタの多い峠。地図を眺めると往時は重要な峠道だったのだろうと感じる。
舞鶴市城屋/真壁峠写真




 舞鶴市上安/五老スカイタワー ここをMapion地図で見る(別画面)
●西舞鶴市街から五老岳(301m)の眺め。山頂の展望タワー(高さ50m)から舞鶴市街や舞鶴湾が360度一望できる。
舞鶴市上安/五老スカイタワー写真


●正式名称・五老ヶ岳公園展望タワー、愛称・五老スカイタワー。1995年、舞鶴市市制50周年事業として建設された。
舞鶴市上安/五老スカイタワー写真


●タワー展望室(海抜325m)からの眺め。五老ヶ岳公園駐車場、西舞鶴市街。
舞鶴市上安/五老スカイタワー写真


●舞鶴西港の舞鶴国際埠頭(みずなき埠頭)。中国、韓国、ナホトカ等との間でフルコンテナ船が就航している。
舞鶴市上安/五老スカイタワー写真


●正面に舞鶴火力発電所。近畿百景投票(1985年近畿郵政局)で「五老岳からの舞鶴湾」が第一位を獲得した。
舞鶴市上安/五老スカイタワー写真


●タワーの周囲は五老ヶ岳公園になっていて散策小径が設けられている。写真はナホトカ広場の友好親善訪ソ記念碑。
舞鶴市上安/五老スカイタワー写真




 舞鶴市与保呂/岸谷ダム ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160723
●明治34年(1901年)、旧海軍が軍用水道用として築造した桂貯水池。近代水道百選、国重要文化財。 地図(別画面)
舞鶴市与保呂/岸谷ダム写真


●明治38年(1905年)、日露戦争による水源池増強のため築造された岸谷貯水池。写真は現在の岸谷ダム天端部。
舞鶴市与保呂/岸谷ダム写真


●大正10年(1921年)、舞鶴軍港拡張で岸谷貯水池を更に拡張するため岸谷ダムが築造された。
舞鶴市与保呂/岸谷ダム写真


●堰堤端にある放水路。水路が階段状になったカスケード状洪水吐。
舞鶴市与保呂/岸谷ダム写真


●岸谷貯水池の直下にある与保呂浄水場。現在は舞鶴市民の生活用水になっている。
舞鶴市与保呂/岸谷ダム写真


●明治41年築造の芦の町ため池。与保呂川上流に桂貯水池が出来て水不足になったのでこの池が造られた。 地図(別画面)
舞鶴市与保呂/岸谷ダム写真


●平成22年(2010年)、平成の大改修が行われた。与保呂地域の農業用水源として大切にされている。
舞鶴市与保呂/岸谷ダム写真


●桂貯水池のすぐ下流にある蛇切岩。大蛇にまつわる悲恋物語が伝わっている。 地図(別画面)
舞鶴市与保呂/岸谷ダム写真




 舞鶴市松尾/青葉山松尾寺(真言宗醍醐派) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160723
●松尾寺仁王門。松尾寺は西国三十三観音霊場第二十九番霊場で青葉山の中腹にある。
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●木造金剛力士立像は解体修理で不在のため写真パネルが飾られている。
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●仁王門を潜ってもう一段上に本堂がある。左に菊御紋の付いた勅使門、右に近代建築の宝物殿がある。
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●重層屋根の本堂。和銅元年(708年)、威光上人により開創された。
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●馬頭観世音菩薩が祀られている。大きな鰐口だが叩く木が細く軽いので今一音が出にくい。
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●本堂と渡り廊下で繋がった大師堂。
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●やや前のめりになった地蔵さんが並ぶお堂。
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●袴腰が付いた鐘楼。左は鳥羽天皇お手植えとされるイチョウの木。
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●渡り廊下の奥に青葉山への登山口があり青葉山妙理大権現社が祀られている。石仏群の壁ができている。 地図(別画面)
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●大師堂の横にある六所神社。村社であって松尾寺とは無関係らしい。 地図(別画面)
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真


●門前の土産物屋。お寺で行事でもあれば店開きするのだろう。
舞鶴市松尾/青葉山松尾寺写真




▲ 舞鶴市 ▲ 宮津市 ▼ 与謝郡 ▼
 宮津市小田/普甲峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180805
●京都府道9号綾部大江宮津線が大江山と普甲山の鞍部を越える峠道。普甲越とも呼ばれる。
宮津市小田/普甲峠写真


●宮津と福知山を結ぶ往時の宮津街道(京街道、今普甲道とも)が府道と交差して残っている。
宮津市小田/普甲峠写真


●千歳嶺碑(せんざいれい)。宮津藩主による峠道改修(藩主は千歳嶺と名付けていた)を讃えた顕彰碑。
宮津市小田/普甲峠写真


●平安の頃からあった元普甲道が悪路なので宮津藩主が参勤交代用に今普甲道を造った。往時の石畳が残っている。
宮津市小田/普甲峠写真




 宮津市小田/中ノ峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180805
●京都府道16号宮津野田川線から分岐して往時の山越え道が残っている。近くにある不動明王への参道だったか。
宮津市小田/中ノ峠写真




 宮津市小田/大宮峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180805
●京都府道16号宮津野田川線が通る峠道。天皇陛下御在位60年記念・水源の森と記された木柱が立っている。
宮津市小田/大宮峠写真


●与謝郡側へ100m程の所にある往来安全地蔵。
宮津市小田/大宮峠写真




 宮津市成相寺/成相山成相寺(高野山真言宗) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160910
●天橋立を見下ろせる鼓ヶ岳の中腹にある古刹。西国三十三観音霊場第二十八番札所でもある。入山料大人500円。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●仁王門。元々は山岳宗教の修験場だった。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●阿形。このような丸顔は平安期の特徴らしい。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●吽形。肩に掛ける天衣がなく裳の形が藤原期独特のものとされる。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●飛鳥時代(慶雲元年・704年)に文武天皇の勅願寺として真応上人が創建した。本堂は江戸期(安永3年・1774年)の再建。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●本尊の聖観世音菩薩は「身代わり観音」とか拝めば美人になる「美人観音」と呼ばれる。堂内は線香の香りに満ちている。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●本堂内にある左甚五郎作の「真向きの龍」。横から見てもこちらを向いているように見える。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●本堂の横にある鎮守堂と熊野権現社(左)。篠山には成相寺を示す「なれあい」と刻まれた道しるべが多い。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●西国順礼堂。黄金色に輝く三十三霊場のご本尊が祀られている。三十三霊場巡回と同じ功徳とご利益があるとのこと。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●五重塔。雪舟作「天橋立図」に描かれた五重塔を平成10年に木造で復元された。鎌倉期建築様式が再現されている。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●鐘楼。慶長14年(1609年)に鋳造された鐘だが悲劇を秘めていることから「撞かずの鐘」と呼ばれている。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●鎌倉時代に鋳造された鉄湯船(重要文化財)を使った手水場。龍の吐水口は修理中。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●一願一言地蔵。願い事を一つだけ一言でお願いすれば叶えて下さるとの伝。安楽ポックリの往生も叶えられる。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●本堂横の石仏群。苔で覆われた中に石仏の赤い前垂れが目を引く。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●底なし池と弁財天。池に大蛇が棲んでいて寺の小僧を呑み込むので和尚が火薬入り藁人形で退治したとの伝。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真


●境内の弁天山展望台から宮津湾・天橋立の眺め。ここが元祖の股覗きらしい。山頂の方にもパノラマ展望台がある。
宮津市成相寺/成相山成相寺写真




▲ 宮津市 ▲ 与謝郡 ▼ page end ▼
 与謝郡与謝野町与謝/与謝峠 ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20180805
●旧国道176号線は与謝峠で大江山連峰を山越えしていた。傾いた境界標識が往時を偲ばせる。
与謝郡与謝野町与謝/与謝峠写真


●現在の国道176号線は与謝トンネル(1980年竣工)で山越えしている。
与謝郡与謝野町与謝/与謝峠写真


●地図に「後藤神社・天の真名井」の記載がある場所。鳥居のある小祠の所から湧水が出ている。 地図(別画面)
与謝郡与謝野町与謝/与謝峠写真




 与謝郡伊根町本庄浜/浦嶋神社(宇良神社) ここをMapion地図で見る(別画面)    Trail-20160910
●平安時代(天長2年・825年)、浦嶋子(浦嶋太郎)を筒川大明神として創祀された。社殿全体が国登録有形文化財に指定。
与謝郡伊根町本庄浜/浦嶋神社写真


●石鳥居を潜ってすぐ左手にある手水舎。鋳鉄製の手水鉢が据えられている。
与謝郡伊根町本庄浜/浦嶋神社写真


●権現造の拝殿。かつては33年毎に屋根の葺き替え、66年毎に社の建て替えが行われてきた。
与謝郡伊根町本庄浜/浦嶋神社写真


●社殿は拝殿、中殿、本殿の構成。2月の年祈祭では翁三番叟が奉納される。本殿は北極星を向いた茅葺の神明造。
与謝郡伊根町本庄浜/浦嶋神社写真


●浦嶋明神絵巻などに基づいて造られた「蓬山(とこよ)の庭」。浦嶋子が神女に誘われて蓬山へ渡ったとの伝。
与謝郡伊根町本庄浜/浦嶋神社写真


●社頭にある水之江の里浦嶋公園。悠々時空という場所に時空の輪を挟んで浦島太郎像と乙姫像が向かい合っている。
与謝郡伊根町本庄浜/浦嶋神社写真


●浦嶋公園の隣にあるお土産とお食事の浦嶋館。玉手箱をイメージしたデザインだそうで多数の柱と円形構造が面白い。
与謝郡伊根町本庄浜/浦嶋神社写真




 与謝郡伊根町日出/伊根の舟屋 ここをMapion地図で見る(別画面)
●道路右側の家々は伊根漁港沿いに立ち並ぶ舟屋群。1階が船のガレージになっている。
与謝郡伊根町日出/伊根の舟屋写真


●海側から見た舟屋群。この一帯で230軒程あり重要伝統建造物群保存地区に選定されている。
与謝郡伊根町日出/伊根の舟屋写真


●1階に引き込んだ船は吊り上げて海面から離して保管される。
与謝郡伊根町日出/伊根の舟屋写真


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